第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

<12>



 そして次の日の真昼時、ケルファラルの計らいのお陰でその使徒候補を見れる場所に来れた。
 とは言うものの、その使徒候補は人や物さらには光に過剰反応を示すらしいため、これ以上近づけないらしい。直線距離にして目算200m、視力を強化すれば普通に見れる距離だ。何ならそこの石畳の数でも数え上げようか。
 その使徒候補が持つ魔法無効化と言ってもそれをもつ人に何の意味もなさず、触れないものであるのなら魔法を無効化できない。
「どうですか?」
「服装以外は問題はない……と、アレか?」
「えーと……そうですね、アレです」
「黒い布に包まれているのもいつもどおりか?」
「ええそうです。私が始めて対面したときもそんな感じでした」
 怪しくないといったほうがおかしい。あそこまでおかしいとさすがの私も気に食わない。遠目ながらの観察を続けていると、その黒い塊が少し動いた。一応は活動しているようだ。それが生物かどうかわからないのが痛い。
 そういうわけで、対象に向けて突風を起こしてみる。やり方はいたって簡単で、対象の近くで空気を圧縮し、解放する。それ以降の風は魔法ではないので無効化は意味をなせない。風はこちらの思惑通り、黒い布をはためかせて中にいるものを見せた。
「…………」
「………………」
「「……………………」」
 その中身は私たちを黙らせるのに十分なものであったとだけ書いておこう。
「見なかったことにしよう」
「えっ?良いのですか?」
「ああ……長居しすぎているな。少し場所を移す。説明はそれからだ」
 まさかあんなものとは思いもしなかった。確かに使徒候補に慣れる種族は決まっていない。あいつらなら魔法無効化能力も平然と保有できる。だがしかし、何が何でもアレはないと思う。一目だけでも相当狂っているのが見て取れた。
「…………どこに行きましょうか?」
「俺の部屋でいいだろう」
「まあ対策も採られていますし、妥当ですね」
 城に隣接して建てられている聖堂の尖塔から降りる。ここはさる曰くつきのモノが設置されてあるため導師などの一部特殊権力がないと上れない。私でも無理だ。その分の眺めは最高であった。
「それはそうと、あとで弁明を頼みますね」
「……何のだ?」
「いえ、ね。私はこう見えても人気のあるようで、誰かと仲良さそうに話していたら結婚するのかと問われるのですよ」
 思い切り見た目どおりであろう。この女と言っても何の差し支えもない美男子が。
「ちなみに、それは俺でもか?」
 何もかもが中性的であることぐらい自覚している。
「はい。でも私としては男性として生まれたのですから女性と結婚したいです」
 そんなものなのだろう。一般的に視てそれが当然であるはずだ。
 それから、私の部屋に着くまでの会話だ。
「本当にどうして脂ぎった愚図どもに教えをしなければならないのでしょうか。楽できる上に金も手に入ると聞いてやってみたらこの様ですよ。
 全く、手に入れたのは口調とこの笑顔だけです」
「共感は出来るが、それはラ・ヴィエル教の一司祭、それも導師が言って良いことなのか?」
「良いのです。聞いていたら少々"お話"するだけです。ああ、このような仕打ちを施した神をこの手で殺したい……」
 確信しよう。この人選、音声と容姿以外全て間違っている。選んだ神よ、己の保身を考えるならもう少し自分の下々にも目と関心を向けたほうが良い。無神論者の私が何を言うという感じは否めないが。
「昨日もそこらの酒場で酒を飲んでいたら腹立たしいまでに口うるさいだけの司祭共(全員男性。ここ重要)に見つかって、飲みかけの酒を取り上げられた挙句に説教ですよ。考えられますか? 私の自由は今何処!?」
「少なくとも限りなき悠久の黄昏、その久遠の果ての先に闇に埋もれてあるはずだ」
「……失ったものは、大きいです」
 後の祭り。彼はもともと何をしていたのだろうか。拾われて司祭になり、聖痕を発見されて導師になったと人づてに聞く。話を聞き流している内にふと思い出し、好奇心が沸いてきた。
「孤児院に帰って彼女らの笑顔に癒されたい……ですが仕事をしないと経営が、彼女たちが飢えに晒されるなんて考えただけでも耐えられませんよ……」
「何事も犯罪にならない程度にな。法に抵触するぐらいならかまわないが」
「あークソ。あの色ボケジンめ、私がいない間にアニッサに手を出していないでしょうね……手を出していたら、どうしましょう?」
 なんだか妙な魔力の滞留を感じたのだが、それは無視しよう。きっと怨念やら何やらが力を持って誰かに向かって行っただけだから。
「そのアニッサ、今いくつだ?」
「二ヶ月前に十になったばかりですよ。かわい盛りですよ〜」
「……お前が経営している孤児院、上はいくつから下はいくつまでだ?」
「上は20から下は零までですよ。当然じゃないですか」
「――性別」
「女性以外認めません。この身に満ち溢れる慈愛の精神も美女以外に与えるつもりは微塵もありません。基本的に私以外の男性など死ねばいいのですよ。
 あ、あなたは例外ですよ。もちろん」
 先ほどから慈愛深きラ・ヴィエル教の司祭の見本、蒼天の君と名高い導師の口から危険な単語が並べられている。この彼の美しさは絶対に間違った、ある意味正しい方向に使われていると私は再三断言しよう。
 少なくとも私も彼と同じく裏も表も腐りきった王侯貴族や人類の欠点に情け容赦をかけたくはない。むしろ消滅させたい。存在していたという事実を抹消したい。
「…………」
 隣で妄想に明け暮れつつ、時々上の空でぼやくケルファラルを見て頭が痛くなってきた。彼は一風変わっているという、生易しい程度であったならまだ良かった。しかし現実はそれほど優しくはできていない。特に私には。確実に彼はその根源から導師にまったく向いていない。
 貴族連中にしてみたら結婚適齢期をとっくに過ぎた、現在24歳。元はなんてことのない貴族の一使用人でしかなかったのだが、いつの間にかこんなことになっている。本当にどこの世でも少なからず一人は私の義父に似た生命が存在するのはどうしてだろうか。はなはだ疑問である。
 そもそも人間はこんなにも性……人類は元々欲が生み出したものか。忘れていた。

 
 
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