第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

<13>



 自分の部屋に着くまでは一種の拷問であった。
 部屋に着くまでの間、聞きたくもない自慢話、身も悶えるような気色悪い物語を延々と聞かされてきたのだから仕方がないことだ。
 可能なら今後一切彼だけとは付き合いたくない。
「ああ、ありがとうございます」
 ケルファラルにも紅茶を出した。精神安定の効果のある茶葉を選んで入れたものだ。主に私のためにと思ってくれて良い。彼と一緒にいるだけで、本当にそれだけでここまで疲れるとは思ってもいる、いたのだが、まさかここまで行くとは想定していなかった。
 何の沈静もなく、このまま時を過ごすとほぼ間違いなく私は暴走してしまうだろう。そうした場合、周囲への被害は世界有数の魔力量を誇るレイヴェリック以上のものであるのは間違いない。城一つで済めば安いものである。死傷者においては死者以外認められなくなる。さらにこの地一体は当分の間生物の住めない荒野となるだろう。その程度の力はこの身に保有している。
「さて、説明していただきましょうか」
「――ん、理由は割りと単純だ。楽だから。たとえあいつらが――まあ高確率でそうだと思うが――偽者であったとしてもお前が使徒候補と評し、彼らが自らを使徒を大々的に言ったなら使徒候補を狙う何かはそちらに流れる。
 よって無価値な争いは避けられるわけだ」
 使徒候補のくせして使徒であると歌う奴は良くいる。
「……使徒の称号がいらないというのですか・」
「なくてもどうということはない。する事をするだけだからな。むしろあった方が動き難い。それに、使徒になる候補はすでに決まっている。別にそんな称号がなくとも使徒なる奴はなる」
「そんなことを考えるのはあなたぐらいですよ」
「コウならまず間違いなくほしいならあげるよと言うぞ」
「言わないでください。簡単に想像できたではありませんか……」
 現実的に私が言ったことは正しい。陽光が嘆きたいほどアレなので、極力避けれる戦いは避けて通りたいのが本音だ。彼女がもう少し人間であったならまた話は変わる。癒そう出会ったなら私たちは出会うことすらなかっただろう。当然こうなることも。私は今の私であり、彼女が彼女であるからこそ、今現在こうなっている。
「無駄な争いに労力を咲きたくない気持ちはわかりますが、聖剣の方はどうするのですか?」
「そう言ったものは極秘裏に回収させてくれ。お前たちの力を使えばそのぐらいたやすいだろう? 名誉は要らないから実をよこせといっている」
 有名無実よりも無名有実の方は私としてはうれしい。
「使徒候補はほとんど王侯貴族なので実よりも名誉の方をほしがりますから、それには食いつくと思います。
 ですが、彼らは結構強欲ですよ。実がないのを疑ったりしませんかね?」
「二つとないモノについては俺特製の贋作でも置いてだましておくさ。魔王の前に行き、今まで信じてきた力が偽りだと知ったとき、全てに絶望する表情が見ものだな……」
「…………この外道」
 神託だと思っていたものが偽りで、今まで歩んできた道が虚構で、培ってきた歴史が余りにもろい者だと知ったとき、人はどの様な行動に出るだろう。その時その場に私がいることはまずないのが残念で仕方がない。
「まあ、誰がどうなろうとこちらとしても魔王を倒してくれさえすればいいのですが、ヨーコ様は魔王を倒せますかね?」
「……今のままだとまずないな。その場合はオレがする」
「なら、問題ありませんね」
 私はそのためにここに存在している。それ以外のことは考えるとすれば、それは約束と、私たち自身の性質のためにそうせざるを得なかったからだろう。
「リヒト。髪切ってほしいけど、今いいかな?」
「…………了解」
 これは日常のことである。私は彼の髪を切り、私も彼によって髪を切らされている。それは無防備なところを見せたくはないからである。私は引き出しの中からはさみを取り出した。
 昔は自分の髪は自分で切っていたのだが、彼が無理やりに切って以来こうなってしまっている。それにしても魔法のお陰で結構物事が楽になった。切った髪を掃除しなくてもいいのは便利である。その上髪を洗う必要もない。
「ところでさ、ケルと何はなしていたの?」
「――ん、お前の今後の立場について少しな」
「僕のこと? ……思い当たる節がないんだけど」
「お前以外の使徒候補が現れた。それの処遇について話していた。完全に忘れていただろ?」
「そんな話聞いたことないよ」
 だから忘れているといったんだ。彼女の周りにいる外野のことだ。確実に彼女にそのことを話していないとおかしい。
「そいつがどこの国の出身かまでは興味がないので聞かなかったが、結構曰くつきのものだったぞ。ただ、アレごときが魔王を打ち倒せるとは思えない」
「ふにゅう」
「まあ魔王を打ち倒せないのはどうでもいいとして、アレを使徒候補と認めるかどうかについて、だな。使徒候補にした場合のメリットは戦闘が少なくなること、行動の幅が広がること。デメリットが他にも金銭的な面や交通面で色々とあるが、これはギルドで金を稼いだりしていって有名になれば大差がなくなる。
 他に、封印されている使徒の力、宝具が手に入れにくくなること、それらを手に入れるための試練を行いにくくなることぐらい。そのあたりのことは少し無理をしたり、忍び込んだりしていけば何の問題もないが、指名手配なることもあるからな。
 ラ・ヴィエル教は一部を除いて頭が固い上、欲と権力の権化だ。少々面倒くさい」
「そういうことは、リヒトの好きにしていいよ。僕が考えてもいい結果にはならないだろうし」
「俺でもベストは無理だ」
 髪を切りながら応えていく。まあ、確かに彼女に任せると周りから見て彼女にとってはワースト、彼女以外にとってはベストになる。だがそれを生憎受け入れる算段はない。だから、どちらもモアベター、もしくは変化なし。それが私が取れる最大の結果だろう。
「ところで、試練って何?」
「使徒になるためには最低数が20の試練をしなければならない。その数、内容は年によって変わるが、最初はどの使徒候補も聖剣を抜くことから始まるな。
 別に段階を飛ばして毎年行う水聖神殿――ラ・ヴィエル教の聖地の一つ、近くの水を祀っている神殿のことな――そこの試練をクリアしてもいいのがな。
 とりあえず、最初だけでもラ・ヴィエル教の中心地である大聖殿"シンフェディア"で聖剣を抜くのが妥当だろう」
「聖剣って何本もあるの?」
「いや、一本もない。聖剣を抜くといってもそれは器で、本当の、RPGで良くある聖剣は……時になればわかるさ」
 使徒候補の使う聖剣は他で言う、魔力を持った人知を超える力を持つ聖剣とは全く違う性質を持つ。大体形も使徒によって全く異なるあたり、特殊だろう。
 文献を漁ってみると本当に色々な聖剣が出てくる。人によってはハリセンという人もいたのだからその種の多さはうかがえるというものだ。その中でも最も多いのがやはり剣である。中にはソードブレイカーを抜いた人もいる。
 人によっては斬れば斬るほど強くなる、魔剣じみた聖剣を抜いた人もいる。まあ、そんなものだ。
 ちなみに試練後期にできているかなり強い聖剣は今も競売で売りに出されていることがある。うん、使徒候補の武器の中には使い手の死後も力を失わず残り続けるものも存在するんだ。かなり高額だがな。

 
  ←Back / 目次 / Next→