第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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 さらにその次の日。
 私は鍛錬場――練兵場に向かった。あの短剣の改造が終わったのでその試し切りをするためだ。本来はギルドの依頼で使ってみるのが最も良いのだが、今の時期は移動が困難であり、魔物も冬を越すため穴にこもっている。そのために依頼はほとんどないのだ。
 その分秋にたくさんあるので、秋の間にどれだけ稼ぐのかによってハンターの冬の生活が大きく変わってくる。もちろん例外的に冬に活発に行動する雪竜などを討伐する依頼はこの時期にある。
「さて、何をしようか……」
 練兵場と言っても私たちは兵や騎士ではないのでそうそう使えない。その代わり隣にある近頃クレーター(主に陽光の魔法の暴発、力加減の間違い、その他諸々が原因)が急速に増えてきた闘技場をもっぱら使っている。どちらにせよ十分な広さがあるので申し分ない。
 だが何にせよ相手がいないと始まらない。将軍たちは各国の重鎮との会合・接待・警護のせいでいない。その輔佐も同じく。宮廷魔術師たるレイヴェリックは言うまでもないことだ。特別執務官である私は無論そんなくだらない上に面倒なものは蹴った。
「……となると……貴様ら、なぜ逃げる?」
「また千人斬りとかやるつもりでしょうが!!」Byレーヴェ国騎士一同
「どうせ魔法を使ったリアル鬼ごっこをするつもりでしょうが!!」By同国魔士一同
「まさかまたあの洞窟に逝かせるつもりではないでしょうね!!?」By同国魔騎士一同
「ハッ、まさか……全員打ちのめす」
「今後の任務に差し支えるのでやめてください!!」Byその場にいた魔士、騎士、魔騎士一同
 魔士というのは魔法使いの騎士版の呼び方だ。魔法も剣も使う騎士のことは魔騎士と呼ばれる。この風習はどこの国でも似たようなものだ。
 補足説明をしておくと、リアル鬼ごっこと言っても別にそう大したことではなく、どこかの場所で冬眠している鬼人や鬼――悪魔種の一種であり、魔法を使わない変わりにかなりの身体能力と硬皮を誇る魔物――を適当に連続召還し、正確には飛ばし、それらを城や町に被害を出させない内に狩り尽くすといういたって普通のしまりのない訓練のことだ。
 だから正確には鬼狩りといったほうが正しい。どこか――見知らぬ土地のために鬼を狩り尽くし、そしてなおかつこちらの訓練にもなるという一石二鳥のものなのだ。
 次、あの洞窟というのは五感の内、視覚と聴覚、嗅覚と触覚を封じてしまう洞窟で、内部構造が迷路並みに複雑な、危険度が世界の五指に入ってしまうこと間違いなしである、どういうわけかこのレーヴェ国にある洞窟のことである。もちろんなかには強力かつ好戦的、ついでに人肉好きな魔物が年中住み着いている。
 そんなところで魔力の微かな流れの変化を正確に読み取り、時には敵の攻撃を裁き、味方との連携を取り、出口にたどり着く。これにより味方全体との一体感(主に死地を生き抜くために必然的に身につく)、魔力の流れを見切る繊細な感覚(持っていない、育たない奴らは絶対に死ぬから生き残った人は確実に持っていることになる)、敵の弱点を的確に見抜く洞察力と野獣の勘(無かったらDE(ry)、生への異常なまでの執着心(犬死は許しません)を手に入れることができる。
 故にあの逝かせるというのは誤字にあらず。簡単に言いましょう。この者共を軽く五段飛ばしで二週間ほど鍛えたが、それらを全て終わらしたとき、全体の八割しか生き残らなかった。別にそれぐらいは予定調和なのだが、死んでくれた二割の中によりにもよってバカ親貴族が何人もいて、結構な反論を受けた。その時の私の言い分は――
「軍に入るときに死んでもかまわないと契約しましたよね。
 あれは嘘だったのですか?
 国に虚偽の契約をしたのですか?
 それならあなたを少々裁かなければならないのですが、どうしましょう?」
――である。最もな部分が多すぎて向こうが黙ったのは当然の断りだ。
 まあよかろう。確かに彼らに不調をもたらし、各国の重鎮および王族が死んで開戦になったら面倒極まりない。ここに来ている方々の中にはレーヴェ国を良く思わない人も少なからずいる。そんな奴らに付け入る隙はなるべく与えたくない。仕方がない。今日は久しぶりに一人でするか。
「スー……ハァア……」
 短刀を逆手に持って力を込めながらだらりと両腕を下げる。短刀――新たな銘は八凪――は私の力を吸い込んでいく。改造が過ぎて形が刀子になってしまったのは仕方がない。いや、私としてみてはこちらの方が使いやすいので良い。そして――
――ヒュッ!
――風斬り音が一つなった。それと同時に何かを斬った手ごたえが腕に伝わった。大方魔力の流れだろう。
 その感触を確かめながら、私は体を横に向け、足を肩幅より開き、腰を落として手をゆるく開いたまま、手のひらを上に向けた左腕を前に、八凪を持つ右腕は体で隠すように後ろに構えた。今までの経験で最も強い剣士がさらに強くなったイメージを限りなく再現し、それが目の前にいると自分に催眠術をかけた。これが一人のときの鍛錬のやり方だ。効率がいいのか悪いのか、そういう問題ではなく、今の状態でどれだけ戦えるのかを知るために行うのだ。
――迫りくる剣に八柳を添え、進行方向を逸らす
――横に薙いでくる剣を後ろに――刺突が心臓を狙う!
――体をねじり、寸前で回避――成功
――刀を順手に。狙うはその首!
――対象は後ろに避ける。手は、届かない。
――なら魔力刃を伸ばし……

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―

「――……ッ!!」
 ああ、死んだ。魔力刃ごと切られて死んだ。
 催眠術と判っていても体が反応し、切られた部分には蚯蚓腫れを起こし、内臓は少々壊れてしまう。まあこの程度ならすぐに治る。
 私は近くにおいていたタオルを取り、汗を拭いた。やはりな、現実的な痛みを伴う幻覚は何かと問題があるような気がするんだ。その辺り、どうなんだろうな。
「……本格的にコウの武器を作らないとな……」
 殺さず生かさず、ある意味極悪非道な武器以外陽光が使えそうな気がしない。今使っている木刀でもどの様な獣も戦闘不能に出来る。ただそれは撲殺の一歩手前まで言っているだけでしかなく、竜いった硬い皮を持つ魔物、スライムといった打撃攻撃向こうという魔物には敵えない。その上基本材質が気なので燃えてしまうという欠陥も持つ。
「――……?」
 おや、向こうの方で風にたなびいている一角獣の国旗はこの国の友好国ではないか。あとで遊――扱いてやろうかな。
「……イキロ」
 レーヴェ国の騎士たちが羊たちにそんなメッセージを送りました。
 ちなみにレーヴェ国の国旗は黒字に白の三日月と剣十字だ。他にもさまざまな国旗が見える。本当に祭りが近いようだ。日本人はその存在を信じていないというのに初詣に行くような光景とダブってしまう。どこで神に祈ろうが、様々な宗教曰く神は全知全能なのだから結果は同じであろうに。本音をさらけ出すと、そんなことはどうでもいい。
 それよりも準敵国までこの国にその足を踏み入れているのだけはいけ好かない。軍の力を見せ付けるというその点に関しては友好なのだろうが、それを考慮に入れてもデメリットの方が多い。全く、あとで監視の目でも付けておこう。下手な行動をした暁には適当な罪をきせて、な? その辺はわかれ。
「さて、と」
 視界の隅で鍛錬している陽光はその場に放っておく。レイヴェリックらは仕事中のため、邪魔をして粗相をしてしまうと国交問題に発展しかねない。ルージュもあれも良家の仲間なのだから似たような境地に立っているだろう。
 今は他国の重鎮がここに来ている。他国の珍しい物がここに流れている。王都クローヴィアは内陸にある深い湖――ライン川が近くに流れている程度の認識で構わない――の港に近いので重いものはそこで販売されている。軽い珍品は街中で売られている可能性が高い。今日はそれらを見るのもいいものだろう。
 古代遺産があったら良い。真贋においては私の目を侮るなとだけ言っておこう。たとえ贋物であっても良いものは本物よりも良いのだ。

 
 
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