第八話
「とある悪癖持ちの使い道」

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 近頃の私は町に出る時決まって長い布を頭に巻いて髪を隠し、黒いコンタクトレンズをつける。特別な意味合いはない。変装しようと思っているのではなり、ただなんとなくだ。
 ふと、近頃教会によっていないことを思い出した。久しぶりによるのもまた良いか。その前に食料や雑貨を買っておく。教会と行ってもほとんど孤児院であるそこは幼い、まだ働くこともできない孤児らしかいない。特に今は遊び盛りの子供が多いために服の補修に必要な布は数知れず、育ち盛りのために食事の時は毎回一波乱が起きる。その上孤児院をやっている教会は基本的に赤字だ。年中火の車だ。そんなところでかなりの量のものが買えるとは思えない。
「やあ、リヒト。景気はどうだい?」
「――っと。あんまり芳しくないな。魔獣共も冬眠に入って仕事が減った。おまけにこの雪で身動きがとりづらい。で、これはいくらだ?」
「いらんよ。こっちは景気がいいのでね。幸分けだ」
 幸分け、ラ・ヴィエル教特有の考えの一つである。己が幸せであると感じる時、他人にも幸を分ける行為をする。そうしないと不幸がやってくるというのが元だ。
 まあそんなくだらない思想を守っているのは基本的に庶民だ。貴族がそんなことをやっているのは滅多に聞かない。私は受け取ったリンゴを服で拭き、かじりついた。
「うむ、うまいな。ありがとう、また今度何か買っていくよ」
「期待しとくよ!」
 本当に雪が降り積もる。季節を感じられるという面でそれは良いことなのだが、寒がりでもある私にとっては非常にめんどうくさいことなのだ。防寒具一つ作るのに洒落にならない桁をたたき出してくれている。
「――あ、飛び切り酸っぱいリンゴをもらえるか?」
「どのくらいいる?」
「とりあえず、たくさん」
「了解……彼女のところにでも持っていくのか?」
「いや。知り合いに菓子にしてもらう」
「そうかい。あんたぐらいの美貌があれば彼女の一人や二人、いると思うのだがね〜。うちのバカ息子は甲斐性なしで、この前だって魔物が怖いと泣きついてきたんだよ」
「武器の重みを感じなくなったら、貴様は立派な戦闘狂だと伝えておいてくれ。まあ狂うよりかはいいんじゃないのか? それに親としても自分より先に死んでくれなくてうれしいじゃないか」
「それは、そうだけどね……ま、あんな子に甲斐性があったらおかしいか……ところで、彼女は作る気があるのかい?」
「いや。心に決めた人がもういるんだ。そいつのそばにいるだけで俺は十分さ」
「今時珍しいほど一途だね。よし、洋ナシも付けてあげるよ」
「ありがとう」
 嘘八百並べて洋ナシ数個分儲けました。
 私がこれから向かう先の境界剣孤児院には一人の司祭がいる。その司祭が作る菓子はプロが発狂してしまうほどおいしいものなのだ。正直言って孤児院するよりも菓子店を開いた方が適正がある。なのだが、彼女は子供の笑顔が好きなので孤児院を運営している。もちろん経営は火の車だった。正確に過去系である。
 理由は、私が使わない金を少々寄付しているからだ。それに国家予算の一部をそういう孤児院に特別執務官名義で回すように仕向けている。それのおかげで結構経営が楽になっているらしい。そういう労は惜しまないのが私である。
「タルトもいいが、焼きリンゴもな……むぅ」
 どうでもよいので小麦粉も買っていく。買い物が終わってから裏道に入っていく。ここの大きな教会――聖堂は忌々しいことに孤児院兼教会を目の敵とまではいかないまでも、好ましく思っていない。
 全く、国の未来を担う人材を何だと思っていやがる。あいつらの掲げる慈善奉仕は飾りだ。完全に寄付とのギブアンドテイクでしか成り立たない。所詮、司祭も欲の下僕か。
 おかげで美女にだけ甘いケルファラルが彼女のために教会を一つ、あと司祭の資格を一つ軽く与えた。時には良いことをする色欲の使いだ。ただしうら若き美女限定。後で後悔しやすい構図だな。
「にいやだ!」
 一応、これが孤児院での私の愛称だ。何でもこの孤児院の中で最も老けて見えるかららしい。
「久しぶりだな、リュッヒ」
 飛びついて来た男の子をうまく受け止める。菓子の材料は死守せねばならない。彼の体当たりを避けるという手段はあるのだが、そんなことをしたら彼がけがをするのは目に見えている。それも避けておかねばならない事柄だ。
「ティアはいるか?」
 ティエリアーゼ、それがここの司祭の名前だ。
「母さん? ううん、今はお出かけ中だよ」
 片手に食料、片手に決して小柄とはいえなくなり始めたリュッヒを担ぐ、この時間帯に出かけているとすれば、定期的なアレだろうな。
 とりあえず手に持っている食糧を食堂に置いておく。もちろん勝手に食われないように結界を張っておくのは基本だ。
「ね、中見てもいい?」
「ダメだ。どうせつまみ食いするだろうが」
 紙袋に手を伸ばした孤児を止める。ここにいる孤児は全員甘いものが好きだ。中を見たら確実に甘いリンゴと勘違いして食べてしまうだろう。そんな勿体ない事を許せるわけがない。
「ところでにいや……よっちは? 一緒じゃないの?」
「今日は一緒じゃない。何だ、会いたかったのか? 言いたいことがあるなら伝えておくぞ」
「そうじゃなくて、いつも一緒だからどうしたのかなって」
 よっちとは陽光のことだ。彼女は確か今現在重心がおかしくなっているのでその確認中だったはずだ。そのうち生理痛とかほざきそうだな。そんな事を考えつつ、私はほかの孤児がいるところに行った。
 それにしても、今日はスィドの日だったのか。地球でいえば月曜に値するその日は教会を経営する司祭は近くに聖堂がある場合、そこに行かなければならない。ない場合は一日中祈りを捧げなければならない。そして、聖堂に行く場合は定期報告と雀の涙程しかない金をもらいに行くのだ。
 曜日を気にする必要のない私はすっかりその存在のことを忘れていた。まあ、待てば良いか。仮にも導師が与えた司祭の称号を持つ人なのだ。そんなにも不当に扱うことはできまい。
「にいや、遊んで」
「ああ、私が先だからね!」
 正直に言って子供はそれほど好きではない。過度に酷使されすぎて耐久年齢よりも早く壊された遊具を直しつつ、本当にそう思った。一応年長組に直し方を教えておいたはずなのだが、点検の仕方も教えておいたはずなのだが、材料も十分にそろえておいたはずなのだが、どうしてこうも毎回毎回……鬱になりそう。
 本当に子守として陽光を連れてきた方がよかったか。ブランコやシーソ−、滑り台といった今までこの世界になかった遊具から重点的に壊れて言っている。鉄棒――はまだまだ大丈夫だろう。

 
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