第九話
「異能、発動 前編」

<1>



 残酷な現実だが、年始の祝賀会という拷問まであと二日しかなくなってしまった。
 この頃になると学院の方も休校になるため日常的にあのバカ王女ことエリュシオンが何かにつけて口うるさくなり、どこかで血筋を間違えているルージュが金をたかりに来る。また陽光の新たな服を仕立てるため、一人ゆっくりと過ごす時間は全くと言ってよいほど皆無となっている。机にかじりつくではなく、机にこびりついてしまうほど仕事の量も増えている。
 何せ各将軍に王侯貴族、文官武官の上位層の連中は大概各国の重鎮の対応に追われている。唯一そういうことを毛嫌いして全くしない特別執務官エッジこと私、地位も身分も低い(?)文官武官に仕事のしわ寄せが来てしまっているのだ。簡単に今の状況を言うと、今目の前にあると思われる私の執務机にはバベルの塔(素材:書類)ができている。机はそれに埋もれている。他のところも似たようなものだろう。
 それでも一日三十分ほどでも鍛錬の時間を作るところは私というものだ。
 そのようなある意味地獄の環境の中、使える奴を使い、使えないやつを使えないなりに使って何とかあの日を休日にすることに成功したのだが、世の中やはりバカばかりで、故にあのような後先考えない下らない行動の稚拙な代償が起こったのだった。
 その代償のせいで今日までの二日間、12月27日と28日、私と陽光はその事件の代償による過度の疲労によってずっと死体であった。これは冗談ではない。二人揃って仮死状態という甘いものでもない。生物学上間違いなく本当にその間は死に続けていた。
 一体何をしてそうなったのかははっきりしていないが、どうしてそうなったのかははっきりしている。
 それを説明するために二日前の、私たちがその事件を知り、それによる被害を私たちが目にするまでのこと、あの忌々しき異能が発動するまでのことを話しておこう。
 それはもう、どうでもいいようなくだらないところから。

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―

 二日前の朝……
 どこかで五流魔法使い以下……む、過大評価しすぎているな。生きることから問題な存在による精霊の悲鳴により、不快になりつつも執務机から身を起こした。
 どうやら昨晩仕事を終えると同時に寝てしまったようだ。冬なので日が昇るのは当然のごとく遅く、外は薄暗く、本当に寒い朝だった。あと1時間20分32秒ほど待てば日の出が拝められる時間帯である。こんな寒い空気の中で二度寝することはさすがにきついので、普段着に着替えて鍛錬をすることにした。
 誰もいない練兵場では剣の風切り音や足が地をはじく音、鳥の鳴き声がよく響く。
 30分、それが私の鍛錬をする大体の区切りの時間である。普通の人なら今の己の限界を打ち破るためにもっと鍛錬をするのだが、私の場合はそのようなことが目的ではない。今の状態でどこまでできるかをはっきりと知りたいから鍛錬をするのだ。故にこの程度で事足りる。
 まあ自分の限界を知るための鍛錬とはいえ、その30分は極限まで精神を集中させて行う。また限界まで体を動かすので自然と今の限界を超える特訓にはなっている。
「――いつも以上に早いな」
「ああ、そうだな……今日はどこまでいったんだ?」
「何、近くの丘までだ」
 その日一番に会ったのはカイエ将軍だった。将軍家と騎士見習の朝は基本的にかなり早い。
 鎧甲冑一式着こんでそのあたりでへばっている兵士たちを見つつ、私たちはそういう会話をした。兵士がへばっている理由はその近くにある丘まで走らされたからである。近くといっても直線距離で少なくとも片道25km。この時代の交通網整備は前世程よくないので当然悪路もあり、高低も激しい。故に体感的にはかなりの距離がある。
「何かあったのか? いつものお前ならまだ寝ているだろう」
「何もなかったら起きていない」
「ふむ、それもそう――だ!」
――キィン!
 切り結ぶ音が冷たい空気の中を鋭く進む。
 剣と剣が離れ、一歩で斬れるところにいる相手を睨む。
「……るか?」
「ああ、ろう」
 カイエ将軍は剣を構えた。もちろんそれは真剣で、彼の自慢の相棒だ。騎士特有の見栄えではなく実用性を重んじる作りをしている。まあそうでないと私と打ち合うことはまず不可能だ。
 私も彼も寸止めは楽にできるので、普段の切りあいはこのように真剣を用いている。そこらの一般兵は自分から斬られに来るのでまずこのようなことはできない。
 私も彼にならって八凪を構える。その構えは――無構。この自然体が、私の構えだ。
 いつもここでの鍛錬で使っているのは刃を殺された練習用の剣である。そんな鈍刀を実戦で使うわけがなかろう。
 私は速さと鋭さを主観にした高速起動を好むので防具は左手の籠手、両足の具足だけである。カイエ将軍も私が鎧も切れることを最初の時に知ったので防具の類は必要最小限にしている。
 両者が構えた瞬間から始まっているこのシ合いはにらみ合いから始まる。相手の隙をうかがい、こちらの隙を判断し、隙を作って釣りに出る。極めし者の戦いというのは得てして刹那に始まり、刹那に決まる。
 人が見るには本の数瞬の間に極限の集中が生み出した魔力の刃が間でぶつかり合い、相殺していく。思考の読み合いともとれるその時間は思考故に時間を取らない。
 今回、先に動いたのは久方ぶりに彼の方であった。魔力と気配を急激に高め、すぐに断つことによって相手がその場にいるかのように見せる技を使い、私の裏を取る。
――ヒュン!
 上段から振り下ろしてくる凶刃は風を引き裂いて私に襲いかかる。魔力を高めたことによって私の耳は少々狂ったが、それでも研ぎ澄まされた経験は完全にカイエ将軍の動きを見きっていた。
 身をかがめ、回転しながら彼の懐にもぐりこむ。
 超近接戦闘の場合、こちらの武器――短刀の方が分がある。しかしそれは相手がこの戦闘に対する対策を何も取っていなかったらの場合だ。彼なら当然そのことを考えていなければならない。
 懐に潜った瞬間に膝蹴りがこちらに来た。別にそれはいいのだが、と思いつつ私はその足を片手で抱え、思い切り彼を転がせる。左手の指に集わせた魔力は爪のようになり、私が降ることで後転して立った彼に襲いかかった。
――ブォン!
 その爪一つ一つは爆弾のように小規模ながら爆裂する。それも当然避けられる。
 これも予想の範疇だ。そしてまた最初に戻る。
「……ところで、シェリアという姫を知っているか?」
「シェリア……シェリア・マーフェア・ウェイストン・クルジス、海向こうのクルジス国の武姫のことか? ……何だ、その年になって浮気か? おい。年の差考えろよロリコン」
 セイン将軍の動きが止まった。その隙を逃さず、私は喉元を切りつけ寸止め。
 まず最初の一本はいつものように私が獲得した。
「そんなわけがないだろうが!!」
「なら……シャル公認の愛人か?」
「私がこの世で愛する人はシャルル一人だけだ!!」
 公衆の中心で愛を叫ぶバカ一人。
 誰かこのバカに強烈な一撃を加え給へ。
 ま、そんな事を願わなくとも私の予想が正しければすぐに彼は倒れる。シャルル夫人とは時々茶会を開いて談笑するぐらいの中なので大概の行動は予想できるのだ。
――ドゴォォォン!!
「フグッフ!?」
「――チ。俺もまだまだだな……」
 予想を外した。
 カイエ将軍は倒れることには倒れたのだが、その倒させた物体を読み間違えた。私が予測したものは椅子であるのに対し、実質彼を倒したものはフライパンである。
 よくぞ城の厨房からここまでピンポイントにこんなにも早く重そうな――とりあえず調理器具としては全くその役割を果たせそうにないフライパンを投げれたものだ。本当に正確無慈悲の攻撃であった。
 思うのだが、この屍よりもシャルルの方がかなり強くないだろうか。それとも彼女が彼にとっての天敵であるだけなのだろうか。
 どちらにせよ地獄耳というスキルに加え、見えない的にまで一撃必中、こうなれば彼の命運も尽きていると言うものだろう。

 
 
←Back / 目次 / Next→