第九話
「異能、発動 前編」

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――同情はしない。
 これはカイエ将軍が選んだ茨の道なのだから止める気はさらさらない。それに止めたりしたらシャルル夫人のとばっちりがこちらに来そうだ。むしろそちらが本音。この国の婦人は無意味に強いんだから。しかも男性限定で。
「で、実際のところは何だ? 浮気者」
「浮気はしてないといっているだろうが!!」
 たとえあの攻撃を喰らっても反応は良い。
 それにしても、オリハルコン製のフライパンをいつ彼女は入手したのだろうか。しかもまだ熱い。目玉焼きも十分に焼けれそうな熱量をいまだに保有している。
「まあ敢えて事実を捻じ曲げてそういうことにしておいてやろう」
「リヒト……お前……!」
「ついでに執務室の時計台の裏にある隠し棚の中にある物のことも黙っておいてやろう」
「何でお前がアレのことを知っているんだ!!」
「さあ、どうしてだろうなぁ?」
 別に艶本などといった世俗の権化のことではない。ただ、彼がもらった最初の恋文(中身はかなり危ないことばかり。確実に相手はMを体現している人物。目下その存在を捜査中)である。
 ちなみに、裏でその人物がまだか家のことを思っているかどうかでトトカルチョをやっているのは本人にも内緒。シャルルにも話せません。
 そんなものがもらえたのが余程うれしかったのか、今だに永久保存をしていたのを発見したので押しつけの悪意を満開にし、未来永劫永久不滅、どのような処分方法をもってしても処分できないようにしておいた。
「……で、そのシェリア姫なのだが、リヒトでも噂ぐらいは聞いているだろう? あのお方の二つ名」
「まあ民の口に戸口は立てれないと言う。各国の内部情報を考察する上で一つの見解として世俗の噂を取り入れているからな。
 確か――じゃじゃ馬姫。育ってきた環境が環境なうえ、彼女の父が女性にも力をというけったいな精神をお持ちの方のために男勝りな性格と好戦的な精神を持っている。いわば戦闘狂、スカーレット夫人に近い人」
「ああ、そうだ」
「で、そいつがここで何かしたのか? まさか、お前……」
 近くのベンチに腰掛け、非常の申し訳なさそうな雰囲気を醸し出す彼を見て嫌な確信が生まれた。こういうとき、洒落にならないほど正確な未来予測が憎らしい。
「その姫の接待を私たちがしていてな、姫にこの国で真に強い者は誰かと問われた時、本能的に剣を片手に嘲笑うお前の姿が浮かんだんだ。
 その感情の揺らぎを妙に勘が鋭い姫が気付かれて、強引に問い詰められて、気おされて話してしまったんだ。どうやらその答えがセインと同じであったらしく、今現在本気でリヒトのことを探していると思う。
 一応、お前の仕事が何なのかと執務室の場所は話していないが……まあ、強く生きろ」
――チャキリ……ガキン!
「ん? なんだその手の武器は? ハッ! まさか……!」
 ああ、どうして神はこの私にこのような不幸を強いるのでしょうか。私はあなたのことなど全く信じていないというのに。
「どうしてこうも、俺の予想通りにことは進むんだ……?」
 世の中の不公平さは日常的に理解している。されどこれはあまりに不公平ではないだろうか。
「やめろ! やめてくれ――!」
 心の中で降り積もる負の感情、憤怒、憎悪といったものには全くにつかない漆黒の澱み、それは私の感情を冷徹化さえ、それでいて非常に熱くさせる。血が沸騰しそうなまでに熱を持っているというのに全身が凍ったように寒い。
 魔力が活性化し、暴走しかけているというのにその流れは流水の如く静かである。黒いオーラがにじみ出ているのを私は知っているが、止めることができずにいる。この感情に身を任せ、後先考えずの行動をしたいのだが、後々どうなるかが想像できないので今回も流す。
「くぁwdrftgyふじこlp@:――!!」
(感情を鎮静化中。今しばらくお待ちください…………)
 本当に、八つ当たりしても何の問題もないものがほしい。人では何もかもがあまりに脆すぎる」
「そ、それは、私を見て言え……!」
「ほぉ、読心術を使えるのか? 人のプライバシーを無断で侵害するとは、モウイチドアソンデヤロウカ?(悪役でよくある重低音でどうぞ)」
「知られたくないなら、口に出すな! ついでに、そろそろ足を、どけてほしいんだが……」
「フッ……オチロ」
 彼のいるところの上に斥力を球体状に発生させる。隕石でもぶつかったのかと思うほど地面がへこみ、土ぼこりが舞うが、それすらも重力のせいで下に降り積もる。斥力なので解除した時に上に吸い込まれる。その後の面倒はきっと誰かが見てくれる。
 私は忌々しい汗を流しに、あまりにひどい環境だったので新しく作らせたシャワールームもどきに行った。もしも死んだら墓ぐらいは建ててやろう。墓碑銘は勿論"哀れな愚者、ここに朽ちる"。これ以外は認めない。
 それにしても、あのシェリア姫が私を探しているか。久方ぶりに擬態する必要があるかもしれない。ある程度予想通りに事が進んでいると仮定した場合、最悪彼らがシェリア姫に教えた外見的特徴は魔法銃を使うなどの装備的特徴、無慈悲な力と雰囲気という空間的特徴、黒髪に黒い色つきメガネという外見的特徴、良く出現している場所。もっとも教えていてほしくないが教えているだろう陽光との感応、もしもこれが相手の手に回っているなら即時見つかってしまう。
 近頃偽体をもってしても私の場所はばれてしまうことが多くなってきたのだ。
「面倒なんだよなぁ……」
 愚痴りつつも、手遅れでないことを祈りつつバカに手紙を一通送っておいた。
 食堂で朝食をいつもより多めにとる。理由は今後食べれる暇があるかどうか、その確証がないからだ。俗に言う、食いだめである。
 それから装備一式をある程度外す。八凪はもちろんのことながらアークも。呼べば来るので少々のタイムラグを容認すれば問題はないだろう。私には精霊が味方しているうえ、私の武器はこれらだけではない。徒手空拳でもそこらのものに引けを取るとは思えない。
「ふむ……」
 相手が戦闘狂なので武官になるのは墓穴を掘る可能性が高すぎる。かといって文官になると有能すぎて疲れてしまう。となると、使用人あたりが妥当か。
 確か……執事服は事前に作ってこのあたりに放置していたような気がするのだが。
「……あった。さて、と」
 私の言う擬態は何も姿形を変えるだけではおさまらない。相手に己の認識をゆがませることもする。さらに相手をだましても問題ないように自分もだます。それは表面上なので内面は全く変わっていないのだが、それをやるとやらないとでは圧倒的に何かが違う。
 さらに地球ではできなかったことだが、こちらでは強制認識魔法というものがある。これははっきり言ってかなり魅力満載の魔法だ。当然のことながらしょうもない古代魔法の一つで、文字通りの効果しかない。
 どの種類の精霊を使っているのかさえ私ですら知らない魔法だ。そういう意味ではこの世で最も間違った魔法である。
 使用人をする上で注意することは誰にも私が強いとは思わせないこと。何せ上の命令には絶対服従なのだ。もしもシェリア姫の付き人になったらもうオワタである。
 決闘なんて申し込まれたらなりふり構わず速攻全力で逃走するしかない。

 理由? 相手に怪我さしたら国際問題だよ?
 決闘にならないでしょうがそれ。ふざけるのも体外にしろやくそったれ。

 
 
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