第九話
「異能、発動 前編」

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 それにしても、どうしてこの世界の使用人の服装もこれなのだろう。
 滅多なことでは使わない燕尾服の袖を通しつつ、本当に思った。女性の方は相変わらずメイド服――秋葉原でよくあるメイド喫茶のような服装ではなく、純然たるメイド服の方だ。世界の関連性が微妙なところであると本当に意気消沈するのだが。
 そんな服を着こんだらまずは使用人長のところに行って仕事をもらわないといけない。誰かの付き人などといった特定の仕事を全面的に任されている人以外の一般的な使用人はそういうふうに上から仕事をもらってやるのが普通だ。
「使用人長、クロノアです」
「……入れ」
 ノックは三回、暇だったので習得した技術だ。こういう擬態をする時そういう知識は存分にあったほうがよいに決まっている。習っている時は常に使うことがあるのかと考えるのだが、やはり暇つぶしの意味合いが当時にはあった。最終的に使っているのだからよしとしよう。
「失礼します。次は何をいたしましょうか?」
「ああ、ちょうどよいところに来た。」
 名前すらも強制的に認識させる。もしかしたらこの技術は神をだますために作られたのではないだろうかと思うことが度々ある。なお、クロノアとは漢字で書くと黒亜である。いやどうでもいいことなのだがな。
「シェリア姫をつかま……なんて嫌そうな顔をするのだ? そんなにもシェリア姫のことが――苦手だったんだな」
「今から向こうの国の人たちに文句を言ってきてもいいですか?」
「いや全員捜索に繰り出しているから邪魔をしてはならないだろう。ただ探してもらいたいだけなのだが、そんなにも嫌なのか?」
「ええ、嫌です」
 間髪をかずきっぱり即答。基本だ。
「……その何事もはっきりというところがお前の長所であり、短所だ」
「ありがとうございます」
 虎児も得たくないのにどうして私が自ら虎穴に入らなければならないのだろうか。そこに罠があるとわかっていてかかりに行くのは愚の骨頂のすることである。私がすべきことではない。
「なら、ミラージュ様の温室の手入れを」
「案に死ねと言っているのですか? 遺言状は用意していますよね爺さん?」
 ミラージュというのはこの国の王の后の名前である。あの王は妾を取らないので自然とあの人は正妻の地位についている。確か老王と同じくらいの年であるはずだ。
 もちろんその人も茶の仲である。趣味はガーデニング。他人がそれを見るのはいいが、いじるのは極度に嫌うカオスの女帝だ。
「冗談だ。后様の庭は手入れなど必要としないからな。真に受けなくていいクロノア。だからその氷塊をしまってくれ!」
「次、そんなことを口に出したら永眠につくでしょう」
 つかせますとも。主に私の手で。神に譲りませんよもちろん。
「……ハイ」
 人体実験をやってみたい魔法は多く存在している。それはもう、遺体を残せるか否かというレベルの話からゆっくり死ぬか一瞬で死ぬかまで千差万別に。精霊に罪悪感、善悪の区別がないので快くこちらの頼みを聞き入れてくれている。
「――コホン。本日はエリュシオン姫の付き人代理になってほしい」
「……はて、付き人のローゼさんは? 確かあの人の仕事でしょう?」
「ぁあ、それなんだが……勤務日数の問題でな、どうしても強制的に休ませなければならなくなったんだ。本人も非常に嫌がったんだが、法律を破るわけにもいかないだろう?」
「ああ、なるほど。理解しました。承ります」
「任せた。粗末の無いように」
――パン!
「触るな気色悪い。加齢臭が移ったらどうするのですか?」
「……クロノア……」
 あまり気乗りはしないが、仕方がない。それにしてもいったい誰が勤務日数を取り決めたのだろうか。今この時ばかりは恨めしく思った。
 そんな文句を言ったところで現実が変わってくれるなんて甘ったれたことを思っているわけもなく、少なくともシェリア姫と関わらなくてよかったと思いつつ、まだ眠っている対象――エリュシオンを起こしに向かった。
 ローズの残したメモによると、彼女を7時半に起こさなければならないらしい。貴族の生活習慣から考えるとその時間は非常に早い部類にはいる。貴族の連中10時に起きるのもまんざらではないのだから。
――時刻は7時15分42秒。
 片手にはお盆が乗っており、それの上には紅茶のセットとクッキーが存在している。何でも近頃起きてすぐに紅茶を飲む習慣ができたらしい。私も同じ週間を持っているが、自分で入れて飲んでいる。コーヒーや緑茶の時もある。ただ、緑茶は老人方とレイヴェリック、陽光ぐらいにしか受けは良くなかった。
 そうこうしているうちに着いた彼女の部屋、ノックを一応しておいてから中に入る。返事がないことを確認し、中に入ってまずは暖炉に火をつけ、簡易コンロで水を熱湯に変える。紅茶の準備ができたころには時刻が7時半近くになっていた。
 して、気持ちよさそうにベッドで寝いっているエリュシオンをどのように起こしてやろうか。
――考察中
――使用可能魔法確認中
――………………
――…………
――……そうだな、あの魔法を使って起こそう。
「スゥ……スゥ……」
 無褒美であどけない寝顔をさらけ出している。
 今から使う魔法は攻撃力は当然のことながら皆無、そのくせして使用方法によっては人を殺すことも可能であるという魔法だ。私は彼女の額に手を添える。掌には魔法陣が浮かんでおり、淡く光を放出している。
 しばらく添えてかかった手ごたえを確認し、私は手を離した。発動するまであと十秒と行ったところだろう。それまでの起きてほしくないものだ。
「ッア――! ……レ? 夢でしたか……ほっ」
 効果――本人が心の中で最もあってほしいことをまず夢で見せ、そのクライマックスの時に最もあってほしくないことを見せるというもの。
 魔法名"天国から地獄へ"。
 条件――対象が起きていないこと。
 対象が何を見ているのか全く分からないことが欠点だ。
「そうですよね……そんなことあるはずがありませんし、夢に違いありません……」
「おはようございます、エリュシオン様」
「あ、おはようございます……あれ? ローゼはどこに行ったのですか?」
「えと、聞いていませんか? 勤務日数の限界に引っ掛かったため、今日はお休みになられています。
 私は彼女の代理できましたクロノアです。所々至らない点があるかもしれませんが、ご了承ください」
「ああそうでしたね。ではクロノア、紅茶を淹れてくれますか?」
「もうこちらに淹れてありますよ」
「ありがとうございます。気が効きますね」
「ローゼから事前に聞いていたので」
 いや全く、聞いていなかったら急いで淹れなくてはならなかったよ。
 それにしても、本当に何でもやってみるものだ。人をだますのも結構楽しく、愉悦を感じる。ただ、陽光だけはだませそうにない。彼は信じて疑わない人なのでだませない。少しでも疑ってくれないとだますことはできないのだ。

 
 
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