第九話
「異能、発動 前編」

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 それから有無も言わさずにエリュシオンを中に放り込み、二言三言陽光と会話したのち、私は外に出た。中から奇妙な声が上がったと思うが、それは気にしない。彼女の有無も言わさない威圧感の前ではエリュシオンも逆らえないだろう。
 私は少しだけため息をつくと擬態を解いた。あとはある程度時間がたって入っても良くなってからだ。着替え途中にはいるほど私は無謀ではない。そう言ったものに興味はないが、向こうが気にしすぎる。
 五分ほどしてドアをノックする。中から返事があったので入る。
「――誰ぇ?」
「リヒトだ。入ってもいいか?」
「ああうん。ちょっと待って……――いいよ〜」
「失礼する……ああいた」
 最初から嘘をついた。私は彼女がここにいることは知っている。だから探したふりをする必要などない。しかし一応そのように見せておいた方が良いと思った。気付くとは思えないが、女性はどういうわけか特定の感性に非常に優れているのは周りのせいで半強制的に認識させられた。
「リヒト、どうしたの?」
「お前に用はない」
「むー、ちょっと酷い」
 その動作の一つ一つにすら疑いを持ってしまう陽光がそこにいる。いないわけがない。そのようなことはともかく、私は彼女にようはないので今回も無視する。
「エル、午後三時から買い物に付き合うといっただろ」
「ええ、言っていましたね」
「アレを午前九時に変えろ。集合場所は城門前のままだ」
「午前中は学院の課題を終わらそうと思っているのです! そんな勝手に決めないでください!」
 そのようなことを気にしていたら私の都合が立たなくなる。故に考えない。考える必要などない。大体の課題はそつなくこなすので問題ないのだろうが、彼女の場合は古代学が苦手なのでそのあたりの課題をやるのに手間取る。
 時々心底悔しそうに私に教えを請いに来るのだが、私の場合は言語認識能力の問題で全く教えられない。せいぜいどこが間違っているか――大概の場合は九割がた間違っている―――を指摘するぐらいである。
「どうせ終わりもしないんだ。やるだけ無駄だ」
「まだ二週間もあるんです! そんなわけがありません!」
「さあ? どうだろうな」
 どこまでも見下したような笑みをたたえてそう言う。これ以上会話する必要もないのでさっさとやることやって部屋から出よう。このままここにいると彼女が着替えることすらできそうにない。
 さて、自分で作った精巧な細工のされている銀の懐中時計のふたを開けて時刻を確認したところ、現在時刻は午前8時半。ふむ、問題があるわけがないだろう。たっぷり30分も時間がある。
「――え? ちょっと待ってください!」
「今は8時半だ。9時には城門前に来るように。遅刻は一切認めない」
 言葉の制止程度で私が待つ理由も利点もなく待つわけがない。たとえ相手が美人であっても紙であっても、動きだした私は自分の意思以外で止まることはない。いや、このこともどうでもいい。当然の如く立ち止まらない私は彼女の部屋から出て偽体を行使した。
 偽体の方に彼女の世話をさせ、私は出掛ける準備をする。とはいってもそれほど大げさなものを必要としているわけではない。儀式用の術具など私は必要としていないから置いていく。結構重いせいもある。
 その代り普段よりも丈夫な服と武器を持っておくのは当然のことだ。カートリッジの方も十分にある。こんなものを使えば現存する儀式魔法異常の威力を軽く使えるので普通に考えてもいらないが、そのあたりは念のためというものである。
 エリュシオンはああ見えても一応は一国の姫、それも第一王位継承権保持者なのだ。たとえそれが信じられないことだとしても仕方がない。世界とはかくもつまらなくできているのだから。
 アークにカートリッジを込めるその姿は周りから見れば非常に危ういものであろう。またあの短刀・八凪にもまた単発式のカートリッジシステムを設けているあたり、アークの必要性を疑ってしまう。
 ちなみにカートリッジシステムを扱えるのは基本的に私一人だ。試しにレイヴェリックに一発やらせてみたら全身傷だらけになったほどである。体内に過剰な魔力を一気に流し込むのだから制御ができないとそうなる。押し込まれた魔力は当然の如く暴れまわるので非常に制御しにくい。制御し切れたら非常に心強い力となるのだが、まあそんな人材はすでに人ではないと考えた方がいい。
 陽光の方はできるのでは? と大概の人が思ったであろうが、あいつの魔力量は人間としての常識と非常識を軽く超越しているのでそんなものは必要ない。使えないことはないだろうが、陽光に効果をもたらすほどの魔力をカートリッジに込めるとなると、カートリッジの方が現存する素材では込められない。途中でカートリッジの方が暴発するに決まっている。使える、使う必要があるとなると、彼の方だろうな。
 ちなみに現在の総カートリッジ数は32発、質を追い求めていたら生産の方が悪くなるのはこの世の理である。はっきり言って素材がない。必要な素材は確かに特殊であるが、希少であるのだが、それを使う人や必要とする人はそれ以上に稀有だ。だから簡単に集められると思っていた。
 しかし、需要がなければ当然供給というのも低くなると言うことで、発掘や採集の方は滅多にされない。おかげで本当に素材が集まらない。
「…………」
 その上、近頃は本当に稀であるが、カートリッジに魔力を込めすぎてしまうことがある。それは環境に漂う魔力のせいであり、または自分のせいである。どちらにせよ一度壊れたカートリッジを治すことはできるがやはり質は悪くなっているためほとんど使い物にならない。
 せいぜい爆弾程度にしか使えない。ただ爆弾と言いながらも空間を凍結させたり、電撃をまき散らしたり、高重力空間を形成したりなど、到底爆弾とは思えない爆弾である。
 防寒着でもある黒いロングコートに袖を通し、準備も終えた私は部屋から出て城門の方に向かう。その間にあのじゃじゃ馬に会うと元も子もないので忍び足だ。
 曲がり角の度に八凪の鏡のように磨きあげ、髪を吹きかければ切れてしまうほど鋭くなった刀身で向こうの方に人影がないことを確認する。
「…………」
 しかし、どうして私がこのような間者の真似事をしなければならないのだろうか。全く持って私の趣旨に合わない。私なら綿密に下調べをし、また内部の人を買収してから正々堂々と裏手から回って目的地へ直行する。なおかつその時に囮(肉の壁)として数人の間者を別の任務と偽ってそこに忍び込ませるのは当然のことだ。だと言うのに全く。
 どんなに考えても二将軍とシェリア姫、それから彼女を育てた人と産んだ人たちのせいとしか思えない。はぁ、こんなことをシェリア姫が帰るまで私は続けなければならないのか。非常に苦痛である。
「……あと、少し」
 いつもと同じ道をいつもより時間をかけて進んで行く。こんなことなら全方向死角を失くす魔法でも一度組んだ方がいかもしれない。この世界の人間は五感のほかにもう一つの感覚を持っている。それは触覚に似ているようで視覚の作用もある。つまりはいつも体表を薄く覆っている魔力だ。
 本来はこれを知覚する人はまずいない。魔力が知覚することの情報量が多すぎて、もしも意識してしまうと人の脳はオーバーヒートして良くて植物人間になる。
 まあ、私なら問題ないだろう。と――マズ。

 
 
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