第九話
「異能、発動 前編」

<11>



「――へぇ、そうなの」
「ええ。それで今討伐隊を編成しているそうなのだけど、正直あの国の騎士はそれほど――」

 向こうの方から二人の使用人が談笑しながらやってきた。生憎ここには隠れられる場所がない。障害物が一切ない一本道だ。
 あと少しで城門だと言うのに見つかってしまうかもしれない。前方の二人にどうやって見つからずに通り抜けるか、限りある時間内で考え、行動する。
 現在対象は会話中とあって注意力は散漫している。故に高速で駆け抜ければ一陣の風となるのだが、こんなところでそんな風が吹くわけもないので却下。となると。
「だからこの国に出動要請が? でも、あんな国に騎士を出兵させるのかしら?」
「そのあたりは宰相様と王次第よ」
「というよりエッジ様次第だけどね」
「あはは、そうね……」
 ああ、あの問題? 当然出兵させますよ。
 凶暴な魔獣がこちらの領土にまだ侵入していないうちに叩くのは基本だ。そうすることでこちらの国の被害が小さくなる上、話に出ているそれほど仲の良くない国に被害を与えることができる。この国の騎士団の練度は諸外国のそれを大きく上回っており、また胆力も結構なものなので大概の敵には対処できる。
 それでも対処できないと言うのなら完全装備状態の各将軍及び全封印解除状態の宮廷魔術師レイヴェリック、私特製の破格の威力を持つ武器を装備させた陽光、他にもこの国に住むまたは存在する使えそうな人材を適当に招集して討伐しに行く。もちろんの私も殲滅戦装備をして行く。
 ただ、そんなことをすると最低でも山9つは消えるので悪しからず。貴様だけでも十分なのではとは突っ込まないでいただきたい。それは事実だから耳に痛い。
 と、行ったな。
――タンッ!
「――さて、と」
 彼女たちが過ぎ去ったのを確認し、私は天井から降りた。魔力に吸着の性質を付加して両手両足にまとわせ、天井に張り付いていた。その上でコートに擬装をかけ、良く見ないとわからないほど隠れた。
 この状態の私を発見するにはそれこそ陽光のような感応か、ケルファラルのような魔眼か、はたまた化け物級に気配を読むのがうまいかできないと無理だ。
 城の構造は完全に把握している。もちろん隠し通路や隠し部屋もすべて網羅している。おかげでもしかしたら私一人でこの城を落とせるかもしれない。国を落とすのは少し難しいが。
「ま、まだしないがな」
 そんなことをしたところで私には王になりたいと言う欲もないため無駄な労力を消費したことにしかならないだろう。その上追われる身にはまだなるべきではないのでする価値がない。むしろ損失しか存在しそうにない。
 城門に到着した私は魔法を使って擬装を行った。内容としては、私を包み込む結界を形成し、その内部を外部から見て透明化させる。
 自分自身を透明化するのは非常に難しく、またそれは動作制限がかかる。ほかにも動くたびに面倒な術式や魔力が必要なので既存の方は正直面倒臭い。
 それに比べてこのように結界として使うにはそれほど苦にはならない。片手間でできる。近頃はその練度も上がっており、この結界ないならほぼ全ての生物に見つかりにくい。殺気などを放っていなければまず見つからないだろう。
 今のところの問題点を挙げるとするならば、これは結界のくせして非常に防御力がないところだ。紙切れ一枚分の役にも立たない。意識して壊そうとすればたやすく壊れるだろう。そのくらい脆いところだ。
 え? 光の屈折を操作すれば話は早いじゃないのか?
 言っておくが、光属性にはどういうわけか消滅の性質も含まれており、もしも自分自身を完全に透明化する――既存のように表層だけではなく中もという場合はその消滅の性質が効果を発揮して何かが消滅する。髪だとか、身長だとか、性別、寿命、心臓、魔力など。その上操作を少しでも失敗すれば自分自身が消滅する。だから、はっきり言って死にたくないなら止めておけ。これは警告だ。
 ちなみに光属性に消滅の性質が含まれている理由はただの反作用の性質だから。ほら、光属性は闇属性を消滅させるだろう。つまりはそういうことの延長線上の事象だ。
 なお、闇属性も光属性を消滅させる。同威力同系統の光属性の魔法と闇属性の魔法がぶつかったら被害を出さずに対消滅する。他の反属性の方はというと、火属性と水属性なら水蒸気爆発、地属性と風属性なら砂礫を含んだ風爆だ。
 まあどこぞの漫画である気と魔力の融合のようにその対消滅のエネルギーは莫大なものになるので、制御できる(・・・・・)なら結構強力な技になるのだが、ここでもまた問題がある。魔法を使うものはすべからく得意な属性と不得意な属性を持っている。
 また、詳しく調べてみるとわかることなのだが、火属性の風属性より、火属性の光属性より、滅多にいないが火属性の闇属性より、火属性の地属性より、さらにその強弱でもまた千差万別に別れている。当然得意な属性の方が苦手な属性よりも強く、同時に発動している場合は少しでも得意な方に魔力が流れてしまうので得意な属性の魔法が強くなる。
 そのために反属性の魔法を同威力で使うことは至難の業ではなく、大概が不可能だ。ああ、勿論のことながら全く同じ得意分野を持つ人はいない。まるで遺伝子のようだ。
 そんなこと――反属性を混ぜることして問題ない奴は今のところ世界でも五人ぐらいだったか。内二人がこの国にいると言う。
「……五分前か、及第点」
 時刻は8時55分を回ったところだ。
 当然の如く彼女は来ていない。このまま時間までに来なかったら私としては非常にありがたい。私の性格上、千分の一秒の遅刻も認めない。ただ、陽光のことだから時間に間に合うように仕組むのだろう。彼女は他人のことに関して非常に有能であるからな。それができるなら自分のことに関しての無能を直してもらいたいところだ。
 さて、五分ほど暇な時間のある私はコートのポケットの中から宝石を一個取り出した。内ポケットの方から彫刻刀のような物を取り出す。彫刻刀のような物の柄には刻印がなされており、そこに魔力を流していく。刃先から薄ぼんやりと翠の光が伸びているのを確認したのち、宝石に刃を当てた。
 宝石を削るというわけではない。魔力を刻んで行くのだ。つまり刻印していく。普通の刻印道具ではどうしても一文字当たりの面積が大きくなってしまう。刻印で使う紋様や文字、刻印字をマイクロメートル単位で刻むことは私でも無理だ。
 そういうわけで作り出したのがこのマイクロビブレートカッター(仮)。魔力は素粒子よりも小さいものであり、むしろ存在しているのかどうかというほど極小のものであり、魔法使いの基礎をしっかりと固めた者ならばそれの流動制御もできる。
 そう言ったことにおいて異常なまでの才能を持つ私はこれを使うことによりマイクロメートルのさらに百分の一単位での制御が可能となっている。
 で、この翠の刃先は私の意思に従って動くため、結果的に1マイクロメートルの刻印字が描けることになった。しかも従来のように二次元ではなく三次元で。故にこういう宝石一個に刻める情報量は世間一般の数億倍にも上り、近頃宝石など素材の方が大丈夫かと悩む毎日である。
 実質、情報量の見極めに失敗し、今までで百個以上の宝石を無駄にしている。現状ではもっと良い素材、安くて情報量をたくさん刻める素材はないかと試行錯誤している。今のところは月光銀などといった確実に高価なものが取り上げられているが、そういう高価なものは滅多に手に入らないのでなるべくパスしておきたい。
 もうひとつ言っておくが、この翠の刃は単原子分子を並べてコーティングしたナイフよりも鋭い。その分脆いが、暗器としてかなりの効力を発揮する。例えばこれを指輪で行うと言った使い道がある。
 まあ備えあれば憂いなし。このようなものでも立派な武器となり得るのだ。
……後で作ってこう。

 
 
←Back / 目次 / Next→