第十話
「異能、発動 中編」

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 装飾品店に事実を押しつけてから次に向かったのは服飾店だ。
 今さらであるが、これから正月が明けるまで連日連夜続くらしい舞踏会、社交界に着て行くドレスを探すようだ。一応何着か候補が昇っていると聞く。故に探す必要は存在しないはずである。
 まあ他者の考えなど知ることはできても理解することは一生かかっても不可能というのが世界の理であるから仕方がない。それに何よりそういった考えは私としても一生かかっても理解したくない。たとえその望む品があまりに悲惨なものであるとしても、それを良いと感じる異常な感性をこの世の人が持っているとしても。
 ああ、うん。認めたくないことなのだが、こちらの世界の流行は私たちの居た世界で何百年も前の流行だったりするんだ。大体中世ヨーロッパあたり。さすがにエリザベスカラーや無理に腰を締め付け、ゆくゆくは早死にの元になるコルセットなどはないが、それでも悲惨なことには変わりない。
 ちょっと服飾業界に後で革命でも起こしてやろう。わけのわからない決心であるが、やらなければならない気がしてきた。
「ちょっとそこの針とってくれ。そうそれ」
 何せ、昨今の服飾業界の最高峰、王侯貴族が愛用している時点でそうなる店、仕立て屋がエリュシオンの顔も知らなかったようだ。一応腕の良い画家に絵を描いてもらい、それも見たことがあるようだが、この店の主たちは王侯貴族が重用する画家が大概個人の想像で描くことを知らないようだ。
 だというのに本人に会う服を絵から想像し、仕立て上げる。どうして本人の本当に顔や姿を知らずにその人に会った服が作れるだろうか。いや作れない。大切なことなので反語を用いました。
 昨今の貴族も大概自分の足で店に行かず、向こうから自宅に来させている。それから服を仕立てる算段をしてもらい、できた服を送ってもらう。もしくは日ごろから重用してもらっている礼として別称山吹色のお菓子と有名なアレを添えて送られてくる。
 エリュシオンはそんなものを送ってもらうほど権力のある立場にいるわけもなく、せいぜい周りのうっとうしい求婚者からもらう程度。どれもそれもあれもこれも過度な装飾があり、重いというのは見えている。
「ここは……やはり白か?」
 それはそうと、人には人それぞれ個性があり、中には認めたくない身体的特徴がある。布や宝石にしても同様のことが言える。故に無理にこちらに宝石等を合わせるよりも両者を自然体で合わせる方がいいに決まっている。
 良い職人というのはそう言った装飾を自然に合わせることができなおかつ己が納得できるところまで決して妥協しないという頑固で納期の面で店泣かせな人のことを指す。
――などといったことを小太りで香水のつけすぎによる異常な体臭を辺りにまきちらし、体中に重たそうな貴金属をつけた店主が華美で法外な高値、だというのに何一つエリュシオンに似合いそうにない服を進めたときに説教をかましてやった。
 そしたら論より証拠、服未満鎧以外なあれ以上にエリュシオンに似合う服を作って見せろと言いやがった。相手の言い分にも千分の一里あったので仕方がなく今エリュシオンの服を制作中。非常に面倒です。
「…………なぁルシア、一体何がいけなかった? 私にはわからないよ」
 かなり昔の口癖でちょっと物思いにふけりつつも手を止めることはない。手元にあるのは黒いシルクの生地、材料はここにあるものと手元にあるものしか使えない。それでも十分に納得できるものを作れるだろう。
 何せもともとの素材――エリュシオンの質は高いので無駄な装飾というのは必要としていないから。彼女に合わせてもいいという宝石が少ないというのも理由の一つに挙げておこう。
「もしかして俺がいらない不幸を作っているのか? いや、この状況を…………鬱だ」
 こういう時、父の横のつながりが広くてよかったと嘆いておく。父の友人の一人で前世界的にも有名なファッションデザイナー(ただし女体限定)からファッションデザインについて暇つぶしに叩き込まれておいてよかったと嘆く。あの変態に感謝するのは癪なので喜ぶことはない。
 またその腕に加えてこの世界には魔法もあるのでできることの幅は大きく広がっている。
「…………この胸の中の如何ともしがたい思いをどこにやればいいのやら」
 向かいの喫茶店で優雅にくつろいでいるエリュシオンをわき目で見て思う。何の疑問もなく腹が立つ。燻ぶる怒りを今作っている服にぶつけるわけにもいかず、私はただ手を進めることしかできなかった。
 早く作り終えてこんなところから脱出し、知り合いが運営している喫茶店の紅茶を飲みたい。もしくはアークを起動し、カートリッジの大安売りを実施したい。被害はこの国程度に収まれば恩の字となるが、そのぐらい私のストレスがなくなるというのなら安い買い物となるはずだ。だが私の職人魂がそれを許さない。何というジレンマ。空しすぎる。
 またため息をつきつつ、納得のできる服を作る。微かな妥協はあるが、する必要のない私は頑固ではない。故に作り終えたものは納得するだろう。いや違う。私は納得のいくものしか作り終えることができないのだ。
 そんなことを思いつつ、無駄に作業をする。おおよそ服を作るという行為だけで満足する、止まれる性分ではない。
 現在の世の中のドレスというものに露出はない。その代わりにフリルや布でできたバラなどが大量につく。だがしかし、エリュシオンは近ごろぼけ始めている老王の孫かと思うほど近年まれにみる素材の良さを持っている。
 繰り返すが、そんな人に宝石や金銀、フリルにバラ細工といったものは本来必要ない。むしろあったら素材本来の美を損なってしまう。必要最低限だけで十分だ。装飾を削った分露出面積を広くする。肩の部分が完全に露出しているのは当然のことだ。他にもスリットや、近頃発展が急速に進んでいる胸の谷間を強調する作りなど前世では当然のことを行う。服の色は深い藍色、黒と見間違ってしまうかもしれない夜空の色。彼女の銀の髪を一層引き立出せる。
 白も考えたのだが、アレの腹は人から財を平然としぼりとるぐらい精神的にドス黒いので合わなかった。物理的に黒は、隣に私といういろんな意味で漆黒の存在があるので必要ないと悟る。
 それに、この世界の月は大きめの銀に輝く月と小さめの青く輝く月がある。重力関係でいろいろと突っ込みたいところがあるだろうが、この世界の精霊の力は前世よりも強いので納得しておいてほしい。
 また年に数日だけ銀でも青でもなく金色に輝く唯一つの月がでるらしいが、それがいつ出るか、どうして出るのか、そう言ったものが一切わかっていない。出ない年もある。私もまだ見たことはない。曰く非常にきれいであるらしいので一度は見てみたい。と黄金のティアラを作りつつ考える。
 そのあたりの空のことはエリュシオンの目の青、銀の髪、藍色の服で表現できるだろうと考えた。他に服には銀糸で模様を描いたり、小さな、良くて砂粒程度の大きさしかないために職人が使うことは一切ない宝石むしろ宝砂を服につけて行った。
 そうはいっても宝石の方は良く見ないと見えず、普段は気にも留めない。しかし人の目とは本人が認知しているよりも多くの情報を取り込んでいるので結構左右されている。特に影響されるのは良すぎる視力を持つ陽光だろう。
「――……ふぅ、完了」
 点検し、縫い忘れや針が残っていないか、やり忘れたことはないかを確認していく。動きやすさを追求している私がまさかこんなものを作りとは思ってはいた。やるとは思いたくなかった。
 もちろん私がただ服を作るだけで終わるわけもなく、その全貌の一端を明かすと、これの防御力は環境にもよるが、この王都内ならば禁忌魔法二発ぐらいなら直撃しても平然とできる。今更ながらその防御能力は異常だ。他の地、特にこの国から出た場合はその防御力は落ちるが、鎧を着こむよりかはましな防御能力を誇る。
 第一防刃機能に防弾耐熱耐水性能を抜群にあげ、私が扱える全属性の全ての加護をつけた。宝石の一つ一つにも補助刻印をし、服自体にも刻印を施した。あまりにこだわりすぎたために値段をつけられない代物だ。

 
 
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