第十話
「異能、発動 中編」

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 服自体の材料費は高くない。
 ただこんなものを着れば鉄壁の防壁を身にまとっているようなものになる。解毒作用や防毒作用、その他諸々の機能が備わっているといったが、それらは私が思いつく限りの殺され方の対処法だ。そう言ったものを除いた防御力でも核弾頭を十発直撃しても埃しかつかないというほど――そう言っていいのかわからないが――硬い。
 そんなもの売るはずがない。たやすく売れるはずがない。ああ、とられることも懸念してマスター登録と小型収納、リ天上天下唯我独尊にして傲岸不遜、己の正義こそが絶対と歌っていた組織があった世界の魔法を使う人々の鎧を装着するような感じで封印でもしておこうか。いやそれにしてはあまりに機動性のない服だ。マスター登録だけで十分と判断する。
「意外と速かったですね。普通なら一週間はかかりますよ」
「材料は揃えてある、そもそも俺が大量の装飾をすると思うか?」
「思えません」
 時間を見計らって出現したエリュシオンにそう言う。扉から入ってくる良く冷えたが息が心地よい。時計を見るとすでに一時間以上たっていることに気づいた。あのように何か作っていると良く時間を忘れてしまう。そのせいで食事を食べ損ねたことが多くあった。
「さて……あの店主はどこに?」
「そろそろ来るのではないでしょうか?」
「……そうか」
 仕事場を清める。立つ鳥跡を残さずではなく、私の技術を他の人に盗まれないようにするためだ。聞かれたら大概のことは答えるが、こっそり調べられるのは性に合わない。それは技術においても同様だった。
 他にここは私の工房ではなく、借りた場所なので掃除をするのは当然のことだと思っているからだ。設計図の方はもとより頭の中にあるので燃やすなどをする必要はない。
「ところで、サイズの方は計らなくともよろしかったのですか?」
「ああ、俺は目がいいからな。そう言ったことは一目見ればわかる」
 人の身長や体重、BWHから体脂肪率、骨格の曲がり具合などなど余計なものから必要なものまで多種多様に見極めてしまう。誤差もナノ単位でしか存在しないという高精度だ。剣の間合いや銃の射程距離、白骨化した人の特定などをしていると自然とそうなってしまった。
「もしかして、わたくしのも……?」
「無論。例外は存在させない」
 特に前者二つといった戦闘に関して距離というのは非常に重要な部分を占めている。故に高精度でなければならないのだ。あの女体専門のデザイナーも女性に関してのみそうだったと記憶している。
 ちなみに、その人曰く女性というのは生物学上人間であり、雌性体である者をさす。そして年齢は下は九歳から上は五十歳までとどこかの導師と非常に気が合いそうな気質を持っている。
 彼女からちょっと湯の量が多かった紅茶を受け取り、飲む。真にこれはしたくもない仕事だった。
 理由はある。ルージュやレイヴェリックなど素材がいいのならまだしも、厚化粧で肌を傷つけ、過剰に香水をつけて平素の生活から来る異常な体臭をごまかす、小太りや痩せすぎの人間の服を作るのは嫌悪感を覚えるからだ。
 それに何より、そう言った人に会う服を思いつかせるのがつらい。金を積まれても剣を振るしかできない。そう言えば後で陽光の分も作らないといけないような感じがする。彼女も私と同じく機能性重視の傾向があるため、こちらの世界で出回っている服は気に入らないだろう。
「とりあえず――着ろ」
「はぁ……あの、これ布地が小さすぎませんか?」
「それが俺たちにとっては普通なんだよ。文句を言ってもいいからさっさと着ろ」
「いえ、でも薄いですし…………無理ですよ」
「着ろ。さもなくば着させる」
「あう……わかりました! 着ればいいのでしょ! その代わり誕生日に何か贈り物してくださいね!」
 ここで一つ思ったのだが、どう考えてもギブアンドギブになっていないだろうか。テイクはどこに行ったのか小一時間ほど問いただしたいところだ。試着室に行くエリュシオンの背中を見つつ、私は紅茶を飲んだ。
 そう言えばあの服の着方、わかるだろうか? 念のためにそこにいる手伝いに勝手ながら知識を刻みこんでおこう。反動は確かにあるが、そんなにも知識量はないので廃人にはならないと思う。最悪でも一年ほどひどい頭痛に見舞われるだけだ。
「…………フローリア産とリリア産、12対7といったところか」
 さて、どれだけのものになっているだろうか。制作者たる私でもその出来栄えは来てもらうまで何一つわからない。やはり想像と現実は違うのだ。時折試着室の方から奇妙な声と異常な悲鳴が聞こえてくること以外いたって平和な時間が過ぎた。
「遅かったな、店主」
「一時間ほどか。どうせ下らないものに決まっている」
「それは見るまで分からない。決めつけるには早すぎるぞ」
「フン、これだから素人は」
「ハッ、これだから俗物は」
「………………」
「……ぅん?」
 これだからクズは。名前を記憶し忘れた店主の後ろには職人が二人いる。一人は初老の方で、もう一人は若い。されど新人というわけでもなさそうだ。試着室の中で動く気配がなくなってから私は声をかけた。
「もう着れたか?」
「あの、本当にこの服なのですよね? 嘘ですよね?」
「その服だが、どうかしたか?」
 こちらの世界にしてみればやはり露出が多すぎたのかもしれない。しかし私からしてみればかなり抑えた方である。まあ慣れればなんともないことだ。例えば水着もそうである。あんなにも露出が多いのに平然としていられるのはそれがそうであるという概念が人々の中にあるからだ。そして環境が泳ぐ場所であるという所為もある。
「サイズが合わなかったか?そんなことはないと思うが」
「いえ、サイズの方はピッタリなのですが……やはり、その……この服、アレでは……?」
 アレとはどれのことかを言ってほしい。私は全ての人の考えがわかるわけではないのだ。
「着たのか、着ていないのかだけ応えろ」
「えっと、着たことには着たのですが……」
「ふむ……良し」
 問題が見当たらないのでカーテンを開ける。こんなことでもたついても何の利にもならない。むしろ貴重な時間が次々と無くなってしまうだけだ。ならばさっさと済ませるのが正しいと思われる。恥ずかしさなど、私が知るわけもない。
「リ、リヒトォ!」
 忌々しげに睨むのはいいが、気迫や殺気が全くこもっていないので恐怖を感じるわけがないぞ。その上顔は茹でダコのように真っ赤。顔だけでなく露出させている肌すべてが赤くなっている。
 後ろの方にいる手伝いたちはどういうわけかやりきった顔で汗をぬぐい、私の存在に気づいたのかサムズアップしてきた。どうしてお前たちがGJという単語を知っているのか、ちょっとお話したい。
 そんなことよりも、口に手を当てて現在のエリュシオンの姿を上から下まで眺める。見る。視る。観る。見世物と言おう状況だ。そして、黙ってしまう。いや本当に。

 
 
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