第十話
「異能、発動 中編」

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 まさに約束通りという展開なのだが、どうしてこうもこうなってしまうのだろうかな。知ってはいたが、いざ目の前にあるとやはり黙ってしまう。
「………………」Byエリュシオンを除いた一同
「こんなはしたない格好にさせて、貴方はわたくしをはずかしめたいのです……か? ……あの、皆様固まって、どうしたのですか?」
「いや、まさかここまでとは思っていなかったから、驚いているだけだ。……うむ。エル、お前――」
「えと、何でしょうか?」
 流麗で端麗な白銀の髪が幻想的で、潤み深く澄んだ蒼い瞳がとても儚く、優しげで、透けるような白磁の肌はおぼろげに朱に染まり、言っては何だが感応的であり、深い藍色の絹の光沢とよく見ないとわからないものが多い細かい宝砂が見事に調和している。
 エリュシオンは母親似であると巷でよく聞くが、もしもその人が若い時にこういう服を着させたらどうなっていたのか、非常に興味がわく。知人の中には年齢を無視している人もいるので別に若い時ではなくてもいいが、もしも現在の年齢であるならばもっと落ち着いた服にしないといけない。
 まあすでに故人なのでどうともできないが。実に惜しい人を失くした。
「リヒト、どうしました?」
「――あ、ああ、すまない。見惚れていた。女性を見つめるのは失礼に値するのだったな。それにしても本当にその服、似合っている。いや似合いすぎている、か。
 全く、美しいという言葉以外で飾れないのが悔しい。まあそうはいっても俺は異質なのでこうはならないが」
「はい? ……にゃぁあ!」
 彼女の珍しい驚きの声を聞けた。ただどうして固まる必要があるのだろうか。一部特殊な性癖を持つ者、そういったことに興味のない者、そういったことが足りている者を除いたすべての男性――詳しく言えば異性に言えることだが、この場合は男性なので男性とさせていただく――は少なからずその心に性欲を抱えている。それは子孫を残すという意味でとても重要な役割を持ち、そのため故に強力な欲望である。
 ただどうしても自分の趣味趣向に合わないものを抱きたくないということで、大概の男性――特殊な性癖を持つ者を除いてうら若き、美しき、穢れなき等々、簡単にいえば美女を抱きたい、娶りたいと願う。
 そういうことでほぼ間違いなく美少女当てはまる彼女、エリュシオンは街中の男性の注目の的となり、服飾店の入り口は今にも壊れそうになっている。今のところは私が張った障壁のおかげでこちらに来ることはないが、その存在感と鼻息はあからさまにうるさい。
 ちょっと今すぐ"お話し"してきてもいいですか? 白い悪魔以上にできるのだから問題ないと思うのですが。
「白い悪魔って何ですか? 未知の悪魔種ですか?」
「地の文に突っ込む暇があったら早く着替えて来い。さっさとここから出たい」
「地の文? 何となくそう言わないといけない気がしただけですよ」
「……世界の抑止力か……!」
 まあ、彼女はただでさえこの世界で華姫と呼ばれ、一部ではその雪のように白い肌と銀の髪、そして蒼い瞳からどういうわけかここでもある雪の異名、六花と呼ばれることもある。あんなにも似合わない服装でそんなふうに呼ばれるのだからその魅力を最大限に発揮する服を着ればどのようになるか、現実を見てから言え。
 この世のまともな男どもはその心に抱える獣を解き放ち、今にも彼女に襲いかかりそうだ。一応相手は王家の者、それも第一王位継承者なのだから手を出したら死刑で済まないのは目に見えている。それをわかってなお――
「かように美しき乙女と夜伽できるなら我が人生に一片の悔いもなし!!」By野獣とバカ共
…………左様ですか。
 いやそれよりも地の文に突っ込むなと言っているだろうが貴様ら。突っ込む以前の問題としてこの障壁に遮音の効果も付加しておいたはずだ。だというのにここまで音が聞こえるというのはあまりにすごい。さすがは世界の抑止力、無駄な所でその力を発揮する。
「リ、リリヒト! 今しゅぐあの暴徒を鎮圧してくだしゃい! わ、わたくしとよとぎしゅるにゃんてしょんにゃこと!」
「呂律が回っていない。そして噛みすぎ。言いたいことがわからないこともないが、もう少し落ち着いたらどうだ?
 第一そう遠くない未来で子孫を残すためにしなければならない情事だ。今更恥ずかしがることもないだろうに。
 というか、この程度で恥ずかしがってたら先が思いやられるぞ」
「そんにゃことをいってもはじゅかしいものははじゅかしいのでしゅ!」
 言いたいことはわかるが、何というか笑う。全く、そんな事を言う暇があるならさっさとあちらの服に着替えて来いというのに、わかってくれない。私が死ぬまでにため息が尽きる日は巡ってくるのだろうか。
「さっさと着替えて、ここから出る準備をして来い。今は障壁を張ってあるからあいつらはこちらに来れないんだ。安心しろ」
 翠色の波動が一定のところで一定の周期で放たれている。それが障壁、私のは薄くても堅牢なものだ。破れるものなら破ってみろ。生半可な魔法なら魔力結合を解いてさらに固くなり、物理攻撃は周りに受け流していく仕組みだ。
 そんなことを思いつつ、私はあるものを用意する。
「――アーク・ゲヴェア
 ――魔力充填開始――」
 アークの空のチェンバーに魔力を即時充填し、圧縮する。普通に魔力を注いでいるだけなら威力と射程距離が見込めない。また範囲もそこそこのものにしかならない。非圧縮魔力の方が銃身に少しばかり損傷を与えるので、圧縮魔力が好ましい。圧縮された魔力はすぐさま弾丸を形成する。
 その弾丸は純粋な魔力からできており、並大抵の銃では撃つと暴発することが間違いない。この銃のためだけの弾丸、それがその弾丸である。
「――拡散衝撃弾装填
 ――完了」
 銃身にとりついた環状魔法陣によってその弾丸の性質が決定される。そのようなことをせずに売ったら普通のビームライフルなどと変わらない効果を生み出す。
 下手すれば悪魔の悪魔たる所以である聖天を穿つ悪魔の砲撃、略して聖なる砲撃と同様の砲撃を撃てる。そんな事をすればお向かいの店、いやそれだけではなく直線状の建物の修理費、負傷者の治療費、謝礼金などが必要になるためできない。"お話"を聞くだけだから、非常にやりたいのだが。
 そんなことよりもそこで対個人用捕縛結界にとらわれた人たちよ。決してこの服のまねごとをせぬように。アレはエリュシオンにしか似合わない作りで、ほかの人がやると薄すぎてこの季節寒い以外の何ものでもない。
 それに性欲が欠片でもあったら奇跡な私でも、さすがに年をわきまえない、老いて皺だらけになった似非貴族どもがこのようなマーメイドスタイルの服着て私の視界に入られるのは耐えられない。とはいっても無駄なんだろうな、と思いつつその結界を攻撃効果範囲内に移動させる。
「さあて、心の準備と神へのお祈りは十分か? 命乞いする用意はできているか? まあ神に祈ったところで状況は何一つも変わらないがな」
 今どこかの魔王と似たようなことを、と言った人。全力全壊でやったら非殺傷設定がないので人は死ぬ、そのせいでこちらは全力全壊でできない。だから悪魔で魔王ではない。
 何? 説得力がない? そこに並べ。いいから今すぐに。全力全壊、文字通り必中必殺の攻撃を加えてやるから。
 安心してくれ。ただの呪いだよ。いつ殺すかはこちらの勝手だがな。

 
 
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