第十話
「異能、発動 中編」

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 作った服を箱にしまい、持ち運べるようにしたところで対象以外を私の背後に行かせる。巻き込むことはないだろうが、念のためだ。
 確かに私が失敗する可能性は限りなく零に近い。しかしながら絶対に成功するとは限らないのだ。所詮成功するか失敗するかなど無数にあるクジの中から一本を引いて、それがあたりであるかはずれであるかの違いでしかない。そしてどれほど辺り九時の数を多くしたところで初期設定上無数のくじの中には必ず一本は失敗があるのだ。
「――失せろ、屑ども」
 軽い引き金を引く。撃鉄は起き上がり、チェンバーに装填された魔力は些細な切っ掛けを持って爆発する。
 力は奔流となるが周囲に流れることはできず、定めれた道をただまっすぐに突き抜ける。途中の環状魔法陣によってさらにその方向性が定められ、銃口へと達した時、その意味をなした。
 響くは轟音。竜の咆哮ともとれる音を轟かせ、大地を響かせ、前方にある障壁語と目標を喰らう。指向性を持った力は私が思い描いた通り、周囲への被害を最小限にとどめて破壊していった。
 近接戦闘であっても使えるこの攻撃はカートリッジを消費しなくともほとんど問題ない。まあどのような使い方であっても戦闘の後には手入れが必要だ。そのあたりのことは剣などとほとんど変わりがない。
――パキン!
「――……脆いな」
「…………」
 銃身のカバーが前にスライドし、空いた排気口から処理できなかった圧縮魔力が煙となって出て行く。別にこんなことをしなくともよいのだが、こうしたほうが銃への負担が少なくなるのでできる時はする。
 その煙のせいで視界が非常に曇る。煙に光る粒子が含まれている。
 まあこれでも最初の時よりかは処理できなかった魔力量が劇的に減っている。当初なら一割は処理できなかったが、改良に改良を施した今は千分の五程度に収まっている。
「さて、帰る――と。どうしてするんだ?」
「何が何でもやりすぎです! あなたの力量ならここまでする必要はないはずですよ!」
 何するなんて野暮なことは聞かない。そんなことは見た瞬間にわかることだからだ。聞く必要なんて、ない。そんなことよりもどうしてという理由の方が聞くべきである。
 ちなみにやられたことは平手打ちだ。当然避けた。
「……だろうな」
「ならなぜですか!? どうしてやったのですか!?」
「そんなもの、昨日食べた料理と同じ理由だ」
「……理解できません。ちゃんと説明してください」
「ハァ、そんな気分だったからということだ」
 乾いた音が辺りになった。
 とはいっても叩かれたわけではない。ちゃんと手の甲でエリュシオンの攻撃をガードしている。それにしても本当に非力だ。ちゃんと体を鍛えているのだろうか。いや鍛えていないのだろうな。嘆かわしいことだ。
「――っ! 気分で、気分で人を傷つけていいわけがありません」
「なら何だったら傷つけていいんだ?」
「それは! ――相手が犯罪を起こすなど悪事を働いた時は……」
「相手が悪事を働いたと誰が決める? 何が断定する?」
「法です。正義に則って定めた法です」
「法は誰が決めている?」
「それは……王や、貴族が」
「そこに偏見はないのか? 他者の正義を貶めることは含まれていないとお前は断言できるのか? ここ以外の多くの国では人である奴隷にすら人権を与えていないというのに。
 そう、貴族が己の利潤を求めるが故に与えないというのに」
「だから、だからと言って人を、傷つけるのは良くないことです……」
 言葉の覇気がほとんどなくなった。その青い瞳には涙が浮かんでいる。しかし一向に視線を外そうとはしない。
「だからと言って、傷つけないわけにはいかないときもある。人にはそれぞれ大切な何か、譲れない思いがある。それを守るために戦わなければならない時が存在する。
 覚えておけ。正義は悪にもあることを。正義の対義語は存在しないことを。狂った正義は何よりも性質が悪いことを。己の正義は他者を傷つけることでしか証明できないことを。
 そして――今見ている世界がどこよりも楽園であるということを。
 罪人なくば法はなく、悪なくば善はない。確かに人を傷つけることは悪いことなのだろう。
 だが――人には誰かを傷つけてでも守りたいものがあるんだ。その綺麗な何かを護るための行動が――過程が何であれ、貴様は貶める権利は――――ない」
 日が完全に上って青い空を見せつけている。今日はいい天気だ。あの人もこの空を見ているのだろうか。いや見ているのだろう。どことなく確信に近いものが私にはある。譲れない思いは、私もある。
 譲れないもの、失いたくないもの、そういうものは誰にでもある。そう、狂っている、終わっている私でも、それはあるのだ。
「――――ま、俺の場合は大概気分だがな」
「良くないじゃないですか! なんですか!? その思わせぶりの口調は! あなたには守りたいものがないのですか!?」
「ハッ、俺は俺の目的のためなら悪にだってなってやる。この世全ての敵にもなって見せる。それで達成できるなら――後悔はない」
「あなたって人は――!! 自分の都合のためなら他人はどうだっていいのですか!?」
「それはもう、正しく他人だからな。知りもしない人のことなど考えられるかアホウ」
「正論だけに反論できないのが悔しいですぅ!」
 守れるものの範囲を理解できているから、守れないもののことは一切考えないようにしている。守れないものまで守ろうとして、守れるはずのものを守れなかったら元も子もない。そのことはあの日で十分に理解したんだ。
 そう、あの日あの時あの場所で――――
 ギシリ、と奥歯が鳴った気がした。あるトラウマともいえることを思い出したせいで全身に力を込めてしまったようだ。今何をしてももうあの日のことを覆すことはできないというのに、全く、バカなことをした。
「――……リヒト?」
 非常に心配している瞳で私の顔を覗き込むエリュシオンがいる。洒落にならない怒気を感じ取ったためだろう。
「何だ?」
「大丈夫ですか? とてもつらそうな表情をしていましたよ」
「ああ……問題ない。昔のことを思い出していただけだ」
「……そうですか。体は大事にしてくださいね」
 ごめん。それ今までが今までだけに凄まじく似合わないセリフだよ。
「……エル」
「はい?」
「確かにお前の言う通りどのような時であっても誰かを傷つけて良い理由などない。しかし、それでも何をしてでも守りたいものがあるのを、わかっていてほしい。
 まあ今は関係ないがな。一応殺してもいないし。ちょっと衝撃を加えただけだから数時間もすれば目を覚ますだろうよ」
「リヒトには、守りたい人がいるのですか?」
「…………いや――いた・・
「……失礼なことを聞きました。申し訳ありません」
「気にするな。お前の知っていることではない」
「でも、きっと貴方が守ろうとした人は幸せ者でしょうね。何せそんなにも大切にされたのですから」
 白銀に舞う雪の中、すっと笑いながらエリュシオンは私に言う。
「――それは、どうだろうな」
 他人のことなんて私にはわかることができない。
 だが、幸せだったとは思う。
 心残りは、あったようだが。

 
 
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