第十話
「異能、発動 中編」

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 昼ごろまでまだ時間があるのでもう一軒寄ることになった。
 先ほどの二軒がまともなものを置いていないということもあり、今回の店選びは私が全権を持っている。エリュシオンの腹もかわいらしく空腹を訴えているように、時間的にもう昼に近いということなので食事処に向かうことにする。やっとこのずっと拷問のターンから解放されると思うと非常に気が晴れるのは何も私だけではないはずだ。
 なお買った商品の方は城に届けさせた。買ったものは服一着だけではない。それ以前に本屋やペンや小物入れといった物を置いている店により、結構な量を買っているのだ。おかげで重かった財布もかなり軽くなり、その代わりに荷物が非常に重たくなった。
 ウェストポーチを使わなかった理由は二つも作るのが面倒くさいから。その機能性を彼女が知ったら確実にねだる。
「ところでどんな店に行くのですか?」
 王侯貴族御用達の店が列挙している大通りの城に近い街を通り抜けたとき、彼女が私に聞いた。
 もしかしてあのような非常に下らない土地にある無駄に高い店だとでも思っていたのだろうか。現在の私ではあの中で良店を知らないので行く気にならない。
「まあ、隠れた名店とでも呼ぶところだ」
「美味しいのでしょうね?」
「まずい方がいいのか?」
「そんなことはありません」
「なら黙ってついて来い」
 第一隔壁に取り付けられた門をくぐりぬけ、本格的に庶民の街へと入る。さて、それよりも。
「どうして俺の腕に抱きつく? 動きにくいからさっさと離せ」
「逸れてしまわないためです。わたくしがここに馬車以外できたのはこれが初めてなのですよ。道に迷いやすいのです。
 それに、こんなにも人がいたら簡単にはぐれてしまいそうで怖いんです。それでも、ダメですか?」
「もちろん……て、そんな捨てられる子犬の目をするな。もしも逸れたら探し出してやるから。お前に何かあったらコウ(般若と読むのも可)が怖いからな」
 これで本当に同年代なのだろうかと時々疑うような行動をしやがる。大体道に迷うとしてどうして人に聞こうとしない。いやその前にどうして城のある方角に行こうとしない。たとえ嬲られそうになったり、犯罪組織に拉致されそうになったとしてなぜ魔法を使うという発想が出ない。
 本当に何のために魔法という力を得ているのかわけのわからないやつだ。腕に張り付く必要などないだろうが。というよりその無駄に柔らかい胸を押しつけるな。
 力があるならそれを使うことぐらいどの世界であっても常識だった。権力・暴力・魅力・財力・知力・抑止力etc……力と名のつくものだったらどの世、いつの世でも通用する。
 特に通用するのが単純明快な暴力だ。言葉は要らない。
「……本当に仲がよろしいのですね」
「ぁあ? ああいや、それは違う。そんな下らない関係じゃないんだ。あいつと、俺は」
「親友ではないのですか?皆そう言っていますよ」
「少なくとも俺はそう言っていない。そしてきっとあいつも、それ以外で言葉にしても伝わることはないからそう言っているだけだ」
「ならどういった関係なのですか?」
 身長差と私の腕に未だに寄りかかっている格好のために自然と上目遣いになる。意識していやっているにせよ、無意識でやっているにせよ私には効力が無い。
 さて、どういった関係なのか、か。きっとそれを理解するにはどうしても私たちと同じ状態にならないといけないだろう。少なくとも普通の人では――いや人に限らず森の賢者、俗称エルフもドワーフも竜人もなのだが――理解することはできない。
 世界でもっとも長生きしている神龍ですら私たちの存在を知覚することしかできない。それぐらいわけのわからない関係なのだ。
「言葉に出来るものならしている。できないからあいつは"親友"と言っているだけだ」
「むー、それでは納得できませんよぅ」
「誰が納得することを要求した小娘。たかが十数年しか認識していないテメエが納得できることなんて星の数しかねえんだよ」
「いひゃいれふからはにゃひてくらひゃい!」
「おお! 意外と伸びる」
 星の数は多いと言った人。それ間違い。理由は数えられるから。だから星の数は有限。
 私が思う多い数は可能性の数だ。アレを数えられる人はまずいない。私ですら無理。例えば今息を止める。この時息をした場合の現在とは少し違う現在をたどることになる。
 そういう些細な違いすらも関与して現在というのは決定し、未来である可能性は現在によって変化していっている。まず数えられるようなものではない。
「うぅ、痛いですぅ……」
 ちょっとばかしやりすぎたようで、エリュシオンの柔らかい頬は寒さ以外の理由で紅に染まっていた。目にも涙がたまり始めている。まあ、どうでもよいことだが。
「ほら、そこでうずくまっていると置いていくぞ」
「あ、ちょっと待ってください!」
 今回は腕にしがみつくことなかったので胸をなでおろした。あんなことをされると片腕の自由が奪われ、行動しにくくなる。敵がいつどこからどのように何人で何が目的で来るのかわからないこのご時世では比較的安全であるレーヴェ国内であるとしても油断はできない。
 特に現在使徒が誰であるか決定する期間であるためにちょっと闇の活動が目についてきている。あまり闇と関わりたくはないが、それでも関わらないといけなくなってくるかもしれない。そんな時代に片腕を勝手な都合で奪われるのは耐えられるものであっても良いものではない。
 世の男どもはこれが良いなどというが、はっきり言ってどの世界にせよメリットはないと考える。寒いからお互いの体温で温まろうと言うのなら何のために防寒具を着ているのか問いただし、何となくと言うのなら道幅のこと考えたことがあるのかと詰問する。
 今までの記憶からしても邪魔でしかなかったことしかない。どうして人々はどうでもいいことばかり実行するのであろうか。もうちょっと後先考えてくれていたなら私もこんなふうにはなっていなかったろうに。
 …………あ、なんだか破壊衝動が起こってきた。
「…………今乙女の夢を現実的に否定するようなこと考えていませんでしたか?」
「さあな。心当たりがない」
「(嘘ばっかり。どうしてリヒトはこんなふうになったのでしょうか? ヨーコ様見たいにまっすぐなら愛嬌があった良いのに……)」
 ちなみに人の心はこういうふうには聞こえない。普段はもっと歪曲しているためわかりづらい。多くの人の心を一斉に聞くので雑音も混じっている。
 今はあまりにエリュシオンが離れていることに対し不服そうであったので後での報復を恐れて手をつないでいるからこそ、周りよりも若干はっきりと聞こえている。
 次の角を右に曲がって、少し裏道に入る。暗がりで先が見えにくいが、問題はない。嗅覚を刺激するある匂いが風に乗ってこちらに流れてきている。
 さて、そろそろ着くかな。

 
 
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