第十話
「異能、発動 中編」

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 手をつなぐという行為を我慢して歩いているうちにようやっと目的の場所に着いた。
 そこは大通りから少し暗がりに行った場所にあり、宿屋も兼ねている店だ。落ち着いた雰囲気が非常に好ましく思う。店自体が中古の建物であるために古く奥ゆかしいつくりとなっているのもまた良い点だ。
 私がこの店を知った原因は普通にあり得そうだが滅多にない珍しいことである。また文献によるとその店主と似たような立場にある人は稀にいるそうだ。
「ここだ」
「えっと……アヴァロンですか。聞いたことないですね」
「裏では結構有名だから知っていたら驚きだ」
 そういいつつ、私はドアを開ける。
 カランカランと木の打つ音がする。良くあるような鉄の鈴ではなく、ここは木を使っているのだ。中はそこそこ埋まっており、都合よくカウンターのところが開いている。
 席に座っている人を見渡すと、風に聞く旅人や傭兵たちが大勢いる。まあ店自体が店だから仕方がないことだ。
「やあリヒト。君がここに来るなんて珍しいね。今日は何のようかな?」
「ただ単に飯を食いに来ただけだ」
「ふぅん……となると隣のその子は恋人?」
「…………なぁ。そんなことがあり得ると思うのか?」
「――なわけないよね。うん、リヒトだ」
 店主である金髪碧眼の人と会話する。この人とは懇意にしておいた方が後々のためになるが、今ここでは関係がないだろう。
「君も席に座ったら?」
「あ、はい、そうさせていただきます」
「で、ご注文は?」
 入口付近にある黒板に書かれているメニュー表を見る。ここからでは直接内容を見ることはできないが、そのあたりは水属性の魔法で鏡を作って反射させてみればいいだけのことだ。鏡文字ぐらい楽に読めなくてどうする。
「――ポトフ」
「了解。お嬢さんは?」
「えっと……このスープスパゲティをください」
「ん、少し待ってね」
 確かにこの世界の植生は前世と違うものがある。それでもそれは特殊なものだけで、基本的な食材の方はほとんど変わっていない。呼び方が変わっているのは確かに存在するが、その程度は妥協の範囲内だ。
「ところでリヒト、そちらの方はどなた? 君の主君?」
「まさか。こいつは俺がここにいる原因となった人だ。名前はエリュシオン」
「へぇ……なるほどね」
 マスターはいつものように私にコーヒーを差し出す。これはいつもの習慣だ。
「あの、マスター」
「ん、何かな?」
「ポトフとは何ですか?」
 そういえばこの世界にポトフなんて料理は存在していないのだった。近頃やっと前世での料理が浸透し始めているが、そのすべてが知れ渡っているというわけではない。
 それに全てマイナーな料理として存在しているから、まあ知っていない方が普通だ。
「えと……大雑把に言うと野菜と肉をブイヨンで長時間煮込む料理だよ。単純だけど奥が深くて、丁寧にすればその分だけおいしくなるんだ。夏には向いていない料理だね」
「はへー。良くリヒトがそれを知っていますね。あ、ありがとうございます」
「君のような人には紅茶はサービスだよ。まあ、それを飲んで落ち着いて聞いてほしい」
 私とマスターの共通点、それは意外と単純で、ここではとても珍しいこと。
「僕とリヒトは、同郷の人で、そこでの知り合いなんだ」
「へー………………え?」
「こちらでは僕のような人をキャストって言うんだっけ」
「そうだな。あまりそちらの呼び名を使ったことがないが」
 つまるところそういうことだ。私が街を歩いていたら偶然買い出しをしているマスターに出会った。六年前に神隠しにあった店主――アルフェードに、だ。
 それからその日は様々なことを話し、宿屋を営んでいるということを聞いて昼食を馳走になった。それ以来の知り合いである。
 アルフェードはアルフェードで現在の生活、過去に縛られない平和な営みをいたく気に入っており、私は時々彼が裏でやっている情報屋を利用させてもらっている。もちろん手紙の魔法を教えている内の一人だ。
 キャスト、異邦人が珍しいといっても五、六年に一人ほど何らかの要因で向こうからどういうわけかやってくる人が出てくるそうだ。後に調べた文献にそう書いてあった。
 その数が多いのか少ないのか私には判断できない。
「キャスト……嘘」
「本当だよ。証拠はないけど、事実だよ」
「いえだって、キャストなら教会に保護されているはずですよ。なのにどうして、こんなところに……?」
「ああ、それ。ざっくり言うと脱走しました、はい――リヒト」
「ハァ、了解」
――パチン!
「――――――――――――――――ッ!!!?」
 指をならして結界を敷く。そしてすぐにエリュシオンが何かを言った。しかしそれは無音の結界によって発声することはない。
 キャストはこの世界に迷い込んだ異界、隣接世界の住人。その中にはこの世界にとって何世紀先の技術を持っている人や知識を知る人がいる。中には世界を渡る途中で特異な力を得た者もいる。
 彼らを各国が喉から手が出るほど欲しがるのは必然だ。事実キャストを手に入れるためなら平気で戦争を起こすという時代が一時はあった。
 そのような醜い争いを防ぐために教会がキャストを全面的に保護し、手に入れた技術、知識を各国に渡している。

――と言うのは建前で、実際のところは教会の権力をさらに確固たるものにするために独占しているだけだ。確かに教会での暮らしは良いものであったが、決して満足できるものではなかったらしい。
 四六時中監視され、心労がたまるものであったそうだ。また何かしらの特別な力、もしくは知識や技術を持っていない者はすぐに殺され、特別な何かを持つ者だけが生き残る、それが教会の腐った保護の仕方だ。それを知っている外部の者はほとんどいない。
 以上、導師ケルファラル、そして脱走したキャスト・アルフェード談。
「よく脱走できましたね……どんな力を使ったのですか?」
「何、偶然的にも一部を除いた男性の必需品をさる司祭に渡したら快く逃亡の手伝いをしてくれたんだ。
 あと支度金もいくらかもらえたし、ここも紹介してくれたんだよ」
「ちなみにその司祭とは現在の導師ケルファラルのこと。渡した物は俺たちの世界の艶本」
 その十八禁の本は今日のケルファラルの宝物である。この世界には写真技術が未発達であり、また印刷技術においても幼いため、それらは結構高級品である。売ればまず間違いなく高値で取引されることだろう。
「艶、本…………導師様……」
 どうやら壊れる幻想が起こっているようです。
「キャストは特別な力を持っていると聞きますが、マスターは何か力を持っているのですか? もしよければ見せてもらえませんか?」
「うーん……見せれるものじゃないしなぁ」
 一応分類上は陽光もキャストである。エリュシオンはそのようなことも忘れているようだ。
 まあ私も陽光もどのような力を保有しているのかわからないから見せることはできないが。

 
 
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