第十話
「異能、発動 中編」

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 話の中心であるマスター、アルフェードの特異能力はかなり特殊なものである。
 確かにキャストには誰一人として同じ能力を持つ者はいないことからあの能力は魂の形が表に出たものだと言う人もいる。そのくらい千差万別である。
――ねえリヒト、どうすればいいと思う?――
――まあ、確かにあれを説明するには不可能だからなぁ……放置で――
――そうしたいのだけどそんなのじゃ納得しないよこの娘――
――……否定できない――
 一瞬のアイコンタクトの間に会話をする。短い付き合いだがその内容が非常に濃いために相手のことを熟知しているからこそできる芸当だ。
 ポトフを食べながらさてどうしようかと悩む。別に私が困るわけでもないので適当でいいと思うのだが。
――ありのままを話してしまえ。それで納得しないならあきらめろ――
――それぐらいしか方法がなさそうだね――
 この間約ウィンナー一つ分。
 それにしてもいつもながらにうまい料理だ。久しぶりに昆布のだしの味を味わった気がするのはどうしてだろうか。そういえばまだ市場で昆布を見た覚えはないな。
 三か月ほどだと言うのに舌はしっかりと日本の味に汚染されていることを実感した食事であった。
「確かにそれは気になることだよね。まあ別に言ってもいいことだし、ただしこれは事実だから。それだけは納得してよ?」
「はい!」
 無邪気な子供のように目を輝かせてエリュシオンは頷く。おやあれは高菜の漬物。ちょっと炊き立ての白いご飯と出せや店長。できれば玄米茶も。別に握りにしてもかまわないぞ。
――後でね。あの娘の分も上げるから待っててよ――
――了解。期待して待っておく――
 ここの店長はいい人です。
「僕の力は動物の体を借りられるんだ。それで僕は動物が見たり聞いたりしたことを僕も見たり聞いたりできる。結構便利な力だよ。
 それの副作用として僕はすべての生物と会話ができる。さすがに精霊や神様は無理だけどね」
 ほかにも使用条件があるが、それは伏せている。自分の弱点を誰かれ構わず教えるようなことはしない。それと同じことだ。
 この能力の恐ろしいところは"動物"にはできると言うことだ。つまりは動物である人間にも条件を満たせば容易くできる。ただ、相手の名前を知らないとかけることはできないが、それはかなり恐ろしいことである。例えば、見ず知らずの人に後ろから襲われたり、障害の伴侶に殺されたりする可能性も出てくるのだ。
 故に彼に無礼を働こうとする冒険者、裏に属する者はいない。まあ今のところその能力を全面的に情報収集に使っているために凄腕情報屋として名をはせているためもあるが、主な理由はあちらだろう。
「その代わり、僕は視力を失ったけど」
 全ての力に代償はつく。マスターの場合は安かったのか高かったのか正直わからない。能力のおかげで見ることは可能であるし、武術にも精通しているために見えないだけで日常生活に支障が出ることはない。
 だからと言って能力が無制限に使えると言うわけでもなく、まあそれほど安くはなかった代償だ。
「それが事実だとしたらすごいことですね!」
 もしかしたら自分の秘密ごとを知られているかもしれないと言うのに呑気なことだ。私がそのことを知って真っ先にしていることは脅迫だ。やったら殺すと丁寧に脅しておいた。
 マスターもする気はなかったので問題はない。彼は情報屋をやっているだけあって契約などといった約束事は確実に守るという気質を見せている。その分守れない約束事は絶対にしない。
「マスター、コーヒーお代わり」
「うわ、もう食べたの。相変わらず早いね」
「ゆっくり食った方なのだが……」
「いえ、十分に早いです。急いで食べると体に毒であるということをあなた知っていますか?」
「あはは、注意するだけ無駄だよ。こういったことはもう体質の一部だから」
 僕らにとってはね、と付け加えるマスター。隣のエリュシオンはまだ半分も食べていない。それは結構ゆっくり食っている方だ。まあ、彼女も一応貴族なのでテーブルマナーなどでうるさく言われ続けたためだろう。
 私は基本的に戦場を走り続けた時間の方が長いためこういうふうに早めに食べ終えると言うことが身についた。セイン将軍やカイエ将軍はそういうところを使い分けているらしい。社交辞令など異なる世界の話である私にとってそのようなことをする必要性はないが。
「エル、さっさと食わないと料理が覚めるぞ」
「ぇあ。そうですね……」
「いや無理しなくてもいいよ。リヒト、料理だけ温めることできたよね?」
「あ? 面倒臭い」
「実はまだ試作品なんだけど新作のシュークリームが――――」
「よし任せろ」
 解答まで0.09秒。世界を超えた。
「……神速の回答だったね。はいこれ、シュークリーム」
 今呆れた奴、小二か月ほど食の重要性について語ってやろうか?
 私は食えない時は我慢する方である分食べれるときは食べる方だ。特にマスターは昔から喫茶店を営んでいるだけあってさすがに菓子作りの神には劣るものの、それなりに美味しいものを提供してくれる。故に断る理由などどこにも見当たらなかった。
「ハムハム」
「……美味しそうですね」
「"そう"ではなくて実際にうまい」
「安心して。エリュシオンの分もあるから」
「あ、ありがとうございます」
 皮はパリッと、中はコクのあるカスタードクリームに満ちており、バニラもふんだんに使われている。全てが紛い物ゼロの天然ものであるために前世よりも一層おいしく感じられる。
 ああ、口に残るしつこくない甘さが憎らしい。この皮の香ばしさを妬ましい。
「もう一個」
「うん、だと思ったよ。僕としてはお代わりしてくれないと結構不安になるけどね」
 それから結局六個のシュークリームと七杯の紅茶、三杯のコーヒー、ポトフなどを胃に詰め、高菜の漬物と梅干、茶葉、米を手土産に会計に移った。
「合計千4080クランになります」
「ん……あ、一万しかないのだがいいか?」
「はい、少し待ってくださいね」
 そう行って一万クランである金貨を差し出す。大きさは大体百円玉ぐらいだ。
 ちなみに白金貨は十万、銀貨は千、鉄が百、銅が十、黄銅が一だ。共通と言うわけではないが、大概の国ではこの通貨が使われている。貿易もこれだったはずだ。さすがは教会が発行しているだけはある。
 一応白金貨の上にはミスリル貨百万、紫煌石貨一億が存在する。そんなもの、使ったことがないが。

 
 
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