第十話
「異能、発動 中編」

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 このまま起きて無駄にエネルギーを消費するのも何だと考えた私は近頃睡眠不足になりつつあるということを思い出したので、昔見つけた場所――少し寂れている割に手入れが行き届いており、人気が全くない落ち着いた雰囲気のある温室に午睡を楽しむため足を運んだ。
 もちろん誰かに見つかるようなことはしていない。

―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―


 安全にそこに着いた後、結局のところ夕暮れ時までゆっくりと午睡を楽しんでいたようだ。
 起きた理由はふとしたことだ。今までの生活のせいで私は熟睡というものを滅多なことではできず、また寝ている間も周囲を警戒しているためにあのような些細なことに気づいた。気づいたと言ってもそれは終えるまで気付けなかったのだが。
(これは、――――か……?)
 殺意と良く似た害意を自分に向けられていなかったことと、それが生物ではないために気配というものが通常とは異なっていたために気づくことに遅れた。
 故に――間に合わなかった。
 そのことも今となってはどうでもよいことだ。
「――あ゙ー……"殺すこと"、にはならないよなぁ」
 目の前にある害意をむき出しにしているある存在を見て呟く。
 陽光との契約上、私はよほどの状況ないし状態でない限り人を殺すことができない。別に破ることもできるため破っても良いのだが、その場合私にとって不都合なことが起こりまくる。
 というよりも目的を達成することが不可能になってしまう。故に破れない。全く、嫌な契約だ。
「ゴーレムなら"壊すこと"になるか……」
 結果が同じであっても家庭が違えばそれは違うもの。だから殺すことと壊すことは別のこと。よし、これで納得しよう。
「――キキッ……ギチリ……キリキリキリ」
 正式名称や呼称は知らないが、魔導ゴーレムの一種であり、この国に来た自称勇者その物または剣か盾であると判断できる。ついこの前にケルファラルと見た存在だ。壊したところで相手はこれの存在を表に出していないのできっと向こうも何も言えない。
 そもそも人を襲った時点でそのゴーレムは破棄されるべき存在と法律で決められている。戦争では人を殺すことが当然の目的、過程であるが、今は戦時中ではないので法律は適用される。
 ゴーレムは血につけた子息を用いて急速に私に近づいてくる。
 だからといって私もただ待っているわけではない。相手がある地点に来た時、事前に設置した"それ"を発動した。
――ィィィイイイ……キン!
 ゴーレムは急に足もとに出た魔法陣に反応することもかなわず、魔法陣から次々と現れる氷の槍に囲まれる。
――氷属性中級設置型攻撃魔法"封禁・氷樹"。
 足もとから多数の細い氷柱が生やし、相手の体を貫いて行動を不可能にする。そして氷柱は忌のように枝分かれを起こし、最終的には相手を一本の大樹となる。貫かれて死ななくとも凍らせて活動を停止させるという魔法だ。
 どうして水属性の魔法を使ったのかというと、風属性の高速系の魔法はその威力が弱く、また火も同様である。かといって地属性はゴーレム自体が地属性なので効果が見込めない。光と闇は面倒だから。
「――――恨め」
 前に突き出した左手を握る。すると枝の部分の細い氷は中心に向かって圧縮していく。それで完全に封印する。まあほとんどの生物はこの時点で圧殺されるが――
「――ほぉ。なかなか頑丈に作られているじゃないか。少しは楽しめそうだ」
「――ガキリ」
――キュキュ――
――バキン!
 氷の檻が内側から砕かれた。手を抜いてはいなかったので相手の実力だろう。方法はいくらか推察されるが、今はどうでもいい。魔法を無効化すると考えていたので間接的に破壊する方法を選んだが、甘すぎたようだ。
 そう言えばこいつはどうして魔法を無効化できるのだろうか。
 ふむ、少し試しておこう。何かわかるきっかけになるかもしれない。
 というわけで消費魔力も必要制御力も少ない"風翼"を当てまくる。
――ギュゴッ
 大量の空気が私の前に集まる。視界がぶれるが、許容範囲内の誤差でしかない。
――パチン!
――――――――――ズン!
 ワンアクションでこれを打てるというのはある意味脅威だよな、と呑気に考えつつ、精霊の声に耳を傾ける。
 どうやら魔法を喰らっている間は動くことができないみたいだ。やはり当たった反動がある。完全に魔法を無効化しているというわけではなく、当たっているものを打ち消しているのだろうか。
――シタクナイ――
――アレハ クウ――
 精霊たちが干渉したくないと願う存在。そして魔力を喰っている。そこまではわかった。後はノイズのように混じってくる無数の悲鳴から推察できることは。
「…………あー」
 一つだけ、ある。
 それ以外考えられないことからほぼ間違いなくそうと言える。となるとかなりまずい。いただけない状況だ。
 魔法から魔力だけを取り出し、分解している仕組みについてはこれと言ってわからないが、方法はある。
 魔力を喰う性質についてもそのような特殊効果を持つある特殊な魔物を合成したり、または素材を使えば何とでもできる。
 ただ今までの疑問はどうやってあのような自律行動をとらせているのか、どうやって魔法から魔力を抜き出し分解しているのか、喰った魔力を何のために、そしてどこに溜めているのか、という点であった。
 しかしそれらも私の仮定によって簡単に理解することができる。その過程では、最初のは下らない、あまりのみじめさに吐き気すら覚えることができないある方法を使ったときの副産物でどうにかできる。
 三番目はそのある方法のためには魔力を必要としているから、溜めている場所は素材そのものと説明がつく。何せ素材は言ってしまえば魔力の塊だからな。
 他の素材とは違い上限というものが全く見えない。というより半端ない消費量のせいで上限があってもめったなことでは達しないだけだが。
 二番目が、素材が魔法の原点ともいえる存在だからだ。
「――ギシッ」
「加速魔法!? いやこれは――くっ!」
 膝を曲げ、上体をしゃがませ、その貫手を寸前で避ける。風を地面についている手に集め、爆破することで距離を取る。相手の追撃は止まることを知らない。
 この予測だと掴まれただけで体中の魔力をすべて吸収され、死に至る。全ての物理攻撃は正しく一撃必殺なので常に気を張り詰める必要がある。
 またゴーレムなので恐怖や躊躇い、駆け引きというものは存在せず、痛覚などもっての他。環境もそれほどのことでなければ無視できるうえ、無理な動きや仕込みも可能。疲労という言葉とは無縁の存在と面倒な相手である。ゴーレムにとっての疲労である電池切れの方は、今まで犠牲になっただろう多くの生物の魔力のせいでかなり無視されているようだ。
 近頃有名な魔法使いが相次いで行方不明になったり、辺境の地にある村で赤子が誘拐されるといった事件が多発していると聞いた覚えがあるが、まさかこれだったとは。もう少し気を配ればよかった。
 とそんなことを考えながら伸びてきた腕を拾った木の棒ではじくあたり、まだ余裕があるのだろう。魔法で強化してもすぐに無効化される。これは結構面倒――だ!
 ちなみに常に加速魔法を自分にかけ、相手の攻撃をよけている。慣れたら加速魔法中でも普通の動きが取れるものだ。
――ガキャン
「あ、ちゃー……」
 棍で弾き飛ばした先にあるつぼを割ってしまった。確かあれも結構高かったような……どうだったかな。何にせよ、出費がかさんで行く。絶対これを持ちこんできた奴に支払わせてやる。なんて決意持ってみたり。
「ガキン――――ギチチッ」
 顎部が開き、足もとに魔法陣が現れる。四つん這いなので手元でも足元としておこう。
 さてどのような魔法を使って――ゲ。
「ああ、面倒臭い」
 よりにもよって炎属性特級空間殲滅攻撃魔法"冥滅する白亜の緋陽"か。幾ら戸惑いないからって少しは周りのこと考えろよ!

 
 
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