第十話
「異能、発動 中編」

<11>



 黒赤色という穢れた炎の線は尋常ではない速度で魔法陣を描いていく。
 あのようなゴーレムの利点は詠唱が必要ないというところだろう。素材が素材なので魔法を使うということをしない。アレらにとって魔法は――指を動かすに等しいこと。
 ただそのためのエネルギーがほとんどないのだが。
「ったく、誰がここを直すと思っているんだよ」
 広範囲を焦土とする魔法。込められた魔力量から察するにこの王都全体を焼け野原――いや灰の大地とできるだろう。不当な評価だなと思いつつ、干渉式を起動して魔力の糸をあの魔法と接続する。
「Hacking Start」
――創造理念を鑑定
――基本骨子を解明
――行動倫理を理解
――演算方法を解読
――培った年月を逆算
――全工程、完了
――支配権を構築、執行を開始
――全仮定破棄。同調終了。
 本当に、過小評価させられたものだ。
 あの程度の魔法を私がまともに受けるわけがないだろう。もしも私に傷一つでもつけたいのならばそれこそどこかの英霊の対城宝具でも持ってこなければなるまい。
 滞留する魔力に介入し、制御権をもぎ取る。無ければ創る。そして相手の魔法を強制的に解除する。
 この方法はすでに確立されているが、まともに使われることはほとんどない。この世界の人ではまず思考が伴わず、また制御力も足りない。両方とも鍛えれば何とかなるのだが、この腑抜けどもが。
 世界から色が抜けて音が遠くなる。
「――速いが、遅い」
 八凪を使って胸部の装甲をはぐ。そこに核がないなら頭部に存在するだろう。だが頭部ではあまりに狭い上、何よりバランス的におかしい。そう言うわけで核は胸部にあるとにらんだ。
 体に設けられたリミッターを一時的に外し、時間の感覚を遅くする。辺りがモノクロに代わり、自分だけが別の世界に取り残されたような感覚に陥る。さらに零から百までの時間を極限値で零にする加速を見せ、相手の傍に駆け寄る。
 八凪――捌き薙ぐと銘を打たれた刃は纏う魔力を失うことなく相手の装甲を豆腐のように斬り裂いた。
 やはり。
 相手の魔法の分解速度及び魔力の吸収速度には限界があり、この速度ではついてこれないようだ。これは欠点だ。まあ進化することをやめさせられている時点ですでにこいつは終わっている。さて核は――――
「――――っ」
――ツゥ……
 口の中を噛み切ってしまった。そうであることは想定していた。しかし私にはどうしてもすぐに受け入れることができなかったようだ。
 核を見た瞬間、ほんの刹那であるが、確かに固まってしまった。その行為をあのゴーレムが見過ごすという人間性を持っているわけもなく、私は呆気なく抱きつかれ、拘束された。
 それと同時に背中に鈍い痛みが走る。麻痺毒か、催眠薬か。どちらにせよ生物を生物と見ない毒薬が仕込まれていることだろう。
カッ――下らない
 胸部装甲の中、人にとって心臓のある場所には脈動する紅い石が入っている。血のように赤いそれは生命の起源を思わせるもので、これにある全ての穢れが詰まっていた。
――生きているが、死んでいる。
 ゴーレムの現状は言ってしまえばそうであった。植物人間と同価値程度で生きてはいるが、心がすでに死に切っている。完全に壊れている。
下等生物如きが領域を侵す等、大きく出たものだな
 ああ、どうしてこうも愚かな行為をするものは存在できるのだろうか。
 どうして己以外の生を軽々しく汚すことができるのだろうか。
 どうしてそうも己のことしか考えないのだろうか。
 どうして――どうして――
 そんな考えばかりが私の中を駆け回っている。今にも世界を汚染してしまいそうな怒りが体の中で暴れまわる。
――全てを壊せと、鬼が謳う。
――宴を開けと、悪魔が囁く。
――神を殺せと、我が吼える。
 しかしそれを必死に抑える。そんなことをすればきっと二度と元には戻れない。あの四人を泣かしてしまう。それは、それだけは誰にもさせてはならない。そう、たとえ自分であっても。
 深く深呼吸をして気持ちを静める。
 全く、近頃感情に流されやすくなってきてしまったようだ。少し精神修行を重ねないといけないな。
「謝るつもりはない。呪っても、恨んでくれてもいい。むしろそうしてくれ」
 格の素材はこの世界に存在しないもの。上位精霊、そのものだ。きっと呼び出され拘束され、ここに閉じ込められたのだろう。
 この行為は禁忌として存在する。儀式は下劣を極め、精霊を拘束するために穢すため、一歳に満たない赤子千人の命と屍を生贄として必要とする。
 また何より禁忌であるのは、その後に発生する現象のためだろうが、どうせこれを行った愚者どもはそのことを知らないに違いない。知っていたらこんなことできるわけがない。
「私は、お前を、殺す」
 呪うように吐き出す。久方ぶりに出した本音は喉を焼くほど熱く、それでいて心には液体窒素のように冷たくした。
 周囲に満ちる穢れた空気はその言葉と反応して渦を巻く。拘束している力が強まったようだ。骨がそろそろ持たなくなる。私の魔力制御力が異常すぎて全く魔力を吸収できないことにいら立ちを覚えたからだろう。
 これは私を殺しにかかった。その方が都合がよい。
 さて、これが魔法を無効化する現象なのだが、それはきっと精霊の階級のせいだ。
 通常世界に存在する精霊は下級のもの、第八位から第七位、時に第六位の精霊しか存在していない。第五位と第四位は要請があれば来る。
 彼らの階級というのは自分と同位か、若しくは下位のものには攻撃を加えることができるが、自分よりも位が上の存在には余程の魔法でない限り攻撃を加えることができず、魔力に解除される。
 それから魔力を吸収する機関で魔力を吸収し、精霊を捕獲している宝石に吸収させ、拘束や魔法行使に使う。
 無理やり魔力を出し入れされているのだから当然の如く精霊には激痛が走る。道理で先ほどから悲鳴に耐えないわけだ。何もこいつのせいで精霊が悲鳴を上げているのではなく、こいつが悲鳴を上げているんだな。
刻は満ちた。さあ幕を閉じよう。誰も望まない形で、誰も幸せにならないハッピーエンドで
 視たところ第二位の精霊のようだ。無駄に手間を掛けやがって。いったいどれほどの命を犠牲にしてきたのだろうか。普通人間が呼べる精霊の限界は良くても第三位だというのに。
 穢れの生と人の糸を浴び過ぎ、呪いを思われすぎたためにそいつは精霊としての五感や声を失っている。それでも嘆きを上げるのは流石だ。助からないことを知り、終わりを望むその心、人間に見習わせたい。
 私は八凪でうっとうしいゴーレムの四肢を切断する。もうこの精霊はどう抗っても二度と戻れない。ああ、お前の望まない形で終わらせてやろう。それが私の役目だ。
――古の契約に基づき、此処に在れ
 右手首を切り、血を流す。指先を伝う血を振り払うように辺りに散らす。その血は腰の辺りの中空を伝い、私の思い描く魔法陣を描いた。その陣の意味は召喚。
 精霊の位のせいで攻撃が通らないというのなら、それと同等、またはそれ以上の精霊を召喚すればいい。

「――――マキア」

 
 
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