第十話
「異能、発動 中編」

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 それほど高くない階位の精霊なら私は無言で召喚できる。
 しかし今召喚した、一般的な魔法使いの感性でいえば非常識極まりない階位の場合は陣を敷かなければならない。だというのに詠唱が必要ないことは私も非常識の一員であるということだろう。ちょっと凹んでおくべきか。いや常識に縛られなくて済むので前向きに考えるべきだ。どのような世界であっても常識の檻は結構強固なのだから。
 現在召喚したのはあの第三位の精霊を軽く上回る階位の精霊。各属性の頂点である精霊王の次に強い階位。守護騎士という別名を持つ第一位のさらに上、人にその存在を知られていない位を持つ、精霊王と同じく唯一つの席――第零位。
 その中でも私が最も得意とする属性の精霊だ。第三位以上は完全な人型を取るとあるが、第一位となるともう人と言っても差支えはないだろう。
 常人の感覚でも確認することができ、また単独で存在することが可能となっている。しかしその協力は力より存在しているだけで場の属性の調律が狂う。そのため長時間存在し続けることができない。
 ちなみにこの世界の生物が喚べる最上位の精霊はどんなに努力してもせいぜい第一位、精霊王などは向こうの気まぐれでしか来てくれない。
 私の前に現れた精霊は女性の方をとる。世間一般で美女と言われる部類だ。どういうわけか私の周りの美人比率が大きいような気がするが、不細工を見るよりもましなので気にしない。
 第零位の別称、いや一般的な名称は精霊姫。本来なら喚ばれるはずのない存在だ。
「……お久しぶりですね、主様」
「ああ、そうだな」
「前回呼んでくださったのはいつのことでしたっけ?」
「……数えていない」
 精霊に時間的感覚は存在しない。
 何せこいつ、見た目の年齢は二十歳前後のくせして実際年齢はもう億近いのだから。いやほとんどの精霊が最低でも百は年取っているのでそんなにも不思議はないが。
 で、どうしてそんなにも睨むんだ?
「女性の年を考えるのは禁忌ですよ、主様」
 そうか。まあお前らは年なんてほとんど気にするようなことではないだろう。今更千年ぐらい生きたところでどうせ姿形は変わらないんだろう。その姿も思念でできているのだから。
「むー、そうなのですけど〜……
 主様が私をどう思っているのかわかりませんが、一応こう見えても私は女性なのですよ。もっと優しく扱ってくれないと――――拗ねますよ?」
「その時は殴りに行くだけだ」
「まあ……そうでしょうね」
 マキア、それが現在の彼女の愛称だ。彼女を従えるために二、三度剣を交えたが、今は従順な狗だ。
「そんなことよりもアレを破壊する。俺一人でもできないことはないのだが、正直本気を出すのは面倒なんだ。手伝え」
「…………一体どこのどいつがあんなことをやったのですか? ちょっと潰しに行きたいのですが」
「そんなもの後にしろ。今はアレの処理が先だ」
「そう、ですね。極刑は後でも出来ますし……にしてもどこの雑種が……」
 精霊にはつらい光景かもしれない。自分と同種のものが考える限りで最もつらい苦痛を与えあれており、その声にもならない声はどうしても心を抉っていくのだから。
 事実マキアはとてもつらそうな顔をしている。だからこそ、私たちはアレをさっさと破壊する。
「――全てに至る我は唯独り在る」
 その前に自分にかけている封印を一時的に解く。魔力量を封印しているというわけではない。しかし封印をしないと何もかもが可笑しく狂ってしまうため封印している。これもまた長時間解放できない。
 特級の魔法ともなれば正確に魔法陣を描かなければならない。それは魔力を用いているので問題ない。しかし詠唱しなければならないのはさすがに面倒だ。
 またあの状態では私の手を離れた魔力は私の制御化ではないという欠点があるために威力のロス無しで魔力を用いた攻撃を叩き込めない。
「ああ、封印なんてすべて解いてしまえばいいのに……」
 もう一つの理由はもしかしたら使うかもしれない魔法が封印なしでも疲れるというのに封印ありだと途方もなく疲れるからだ。
 ついでに眼鏡も外す。その方が――殺し易い。
 ちなみに、この状態を取るのは精霊王を従えようとした時以来。あの時封印を軽く解かないとやっていられなくなった。そのせいで一時的とはいえ常識外れな力を行使してしまい、精霊王を軽く殺しかけ、私の前ではまともな精神状態でいられないようにしてしまった。
 そのため精霊王とは契約できなかったのだ。力の方は精霊姫も精霊王も似たようなものなので私は一つも困っていない。
「そんなことしたら世界が崩壊する。と、雑談はここまでだ。手早く終わらせるぞ」
「えー、何故ですかぁ?」
「アレ、自動修復機能、周りの物質を魔力によって従え、自分の損傷部分を修復する機能がつけられているようだ。放置しておくと全壊してしまう。それに、この城を直すのもただではないんだ」
「……チ、これだから屑は」
 確かに、あのような機能を付けたのはうっとうしい。その辺はマキアと同意見だ。それに加えて私は彼女を現界しておくために力を取られ続けている。それもまた疲れるから早く終わらせたい。
「わかりました、主。手早く終わらせてやりましょう」
「ああ。見苦しい害虫はさっさと処分するに限る」

「――我は数多の敵を討ち払う剣となり
    光の災厄を防ぐ盾となり
     血潮を満たす力となる――」

「――我は災厄を持って敵を打ち払い
    虚無を持って零を打ち払う――
 ――今ここに終結せよ我が力――」

「――この瞳に映る夢幻が泡沫のトキに散るまで――」

「――果てし無き久遠、限りなき悠久の夜の終焉まで――」

「「――我らは宵闇の宴を開かん――」」

 彼女の体が光となっていく。
 その色は無色、色なき色。決して黒でも透明でもない。本当に見えない色という真の無色。人の創造の範疇を超える色。
 光の粒は左手に持っている八凪に浸透していき、完全に浸透した時変化は訪れた。
――ドガ!
「――セオリー守って少し待てよお前」
『既に喰らうという行動以外取れなくなっているのでしょう。仕方がありませんよ』
「だけどさぁー」
――ジャララララララァ!!
 変化の途中で襲いかかってきたゴーレムを右腕で殴り飛ばす。さらに練成し、強化した鎖で縛った。これでもほんの少しの時間稼ぎにしかならないだろう。
 全く何もかも規格外にしてくれやがって。後で熨斗つけて国崩しでも起こすぞこの野郎共(既に事の原因を一人とは認識していない模様)。
「まあ戦闘において相手の準備が整うのを待つのは愚の真骨頂。
 そーいう意味ではあいつは正しいと言わざるを得ないな」
『そうですね――――現状ではあの行動に意味はありませんが』
 変化した姿を何といえばよいのだろうか。
 八凪を持っていた左腕は肩まで完全にマキアの服の色と同じ漆黒のスリムな手甲で覆われている。両刃の長大な剣は柄が縦ではなく横にあり、銃のように握ることでまっすぐ持てる。刃は腕からまっすぐ生えているようだ。
 剣の刃渡りは意識的に伸ばすことができる。確か最長は契約者の意識が及ぶところまでだったはずだ。
 もちろんその剣を消すことは可能。もともと魔力を物質化するまで圧縮して構成しているものだから。その程度のことは当然の如く可能。
 また右肩と二の腕から先には同様に手甲が存在する。それらの鎧の上に白と青のラインが入っている。
 これが契約執行第一段階である精霊の武器化だ。

 
 
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