第十話
「異能、発動 中編」

<13>



 無色の残光を残しながら私は荒れた床を蹴る。
 それだけで高硬度の石でできているはずの床は脆く砕けた。今現在の状態では魔法の行使を全て彼女に任せても良いので全力で肉体強化に打ち込める。
 さて、まずは再生している四肢をまた砕き、行動を制限する。下手に動かれるとどうしてしまうかわからないからな。主に堕天が著しいマキアが。
 魔法を使うための思考回路とメモリが入っていると予測する頭部を破壊する。自動再生があるので下らない時間稼ぎにしかならないがそれでもよい――
――タッ!
――ジュッ
 首筋に寒気が走ったので後ろに跳ぶと先ほどまでいたところの床が蒸発した。ここで注意すべきは溶けたのではなく蒸発したことだ。
 どれだけの熱量を込めた一撃だよ――と私たちは考えつつ、その原因である物体に脇目を振る。
 そこにあるのは宙に浮いた薄汚い赤に輝く石。自律攻撃魔法の類だ。発動する際に込めた魔力の分だけ活動、攻撃を可能とする。
 きっぱり言ってしまえばビット。こちらでの総称はフェアリル。私の右腕の肩から生えている細長い四角形もそれに当たる。というわけで迎撃するか。
「マキア!」
『――"リヴァル"、敵を蹴散らしなさい』
 自律攻撃とはいっても当然こちらの制御も受け付けている。私は目の前のゴーレムと回避に、マキアは全ての術式管制に取り組むので当然マルチタスクと言っても所詮は一つの思考である向こうよりもより複雑な行動をとらすことが出来ている。
「――捕えた!」
 二股に分かれた剣で挟むようにしてゴーレムを捕獲する。この剣はもとより力の塊であるために形なんてあるわけがない。ただ概念として武器であるだけだ。そう、これは武器という概念しかない。大切なことなので似たようなことを二回言いました。
――故に――
 二股に分かれた剣の間には黒光りする砲身が圧倒的な存在感を放っている。
――このような外道な攻撃方法も――
 さらにその根元にはカートリッジが込められている回転式弾倉が黒光りする。
――容易くとることができる。
 マキアが楽しそうに"対象固定、圧縮魔力充填完了"と告げた。
――二股の間は常に魔力刃に覆われ、ゴーレムを力任せに切ろうとしている。
 さて、ここでやはり言うことは当然アレだろう。
「――行くぞゴーレム。魔力の貯蔵は十分か?――」
『――其は穿ち滅す稲妻の螺旋カラドボルグ
 私は思考に浮かぶ六つの撃鉄を順次下す。たったそれだけのことで世界が震える。
 唯破壊することだけを望まれた力は唯破壊するためだけに収束され、唯破壊することしかできない。それだけで今は十分だ。
 使用しきれなかった魔力の残滓が辺りに煙として散っていく。六つの弾丸を使ったらすぐにリロード、そしてまた引き金を引く。
 砲身から発射されるものは砲撃ではない。直径五センチほどの弾で構成される無色の銃撃だ。だが、それに込められた魔力は上級魔法並みである。
 また込められている破壊の概念はほぼ全ての攻撃を凌ぐだろう。ただ純粋に全てを破壊するということしかできないが故にそれは破壊において最高の威力を発揮する。
 今持っているカートリッジ中18発を消費したところで私はそのゴーレムを離し、結界に隔離して後ろに飛んだ。
「ああくそ。カートリッジの連続消費で魔力回路が焼き切れそうだ」
『その割には楽しそうですね』
「仕事のストレスが洒落にならないからなぁ――!」
 小さな結界内では大量の魔力が今も渦巻き、内部にあるものを破壊していっている。今アレを解く気にはさすがにならない。
 そんなことすれば、いったいどうなるというのだろうか?
 空間断裂でも起こるのではないのだろうか。いや、それよりも消滅が起きそうだな。何にせよ碌なことにはならないだ、ろう……おいおいおいおい!
「――なあマキア」
『……何でしょうか?』
「お前手を抜いたか?」
『いえ全くこれ一つとして散り一つ残さず消滅させるつもりでやりましたけど? そのことは主もわかっていることでしょう?』
「ああわかっている。わかっているからこそ聞いてしまうんだよ」
 結論から言おう。まだ破壊しきれていなかった。むぅ、魔力の貯蔵は十分だったか。せっかくのカートリッジが無駄になったな。
 そうはいっても残っているのはふざけろと言いたくなるほど硬い核ただ一つ。残るはあれを壊せば全ての片がつく。だというのに、どういうわけかまた修復を開始していやがる。しかもかなりの速度で。まさか――進化しているのか?
 周囲の影響を考えるとなるべく使いたくなかったが、どうやらあの魔法を使う必要がある。とは言っても私の魔力もかなり使ってしまっている。今の状態では魔力が足らないだろう。普通の人はそう考えるが私にその概念を押しつけるな。
 足りないというのなら足りるようにすればいい。ないなら他所から持ってくればいい。
 できる、できないは問題ではない。できないというのならできるようにするのが私の道。止まらないさ。
「――我は億千万の意思に命ずる
 ――集え――」
 マキアは私の行動を読み取り、リヴァルを操作して私の護衛を行う。
「――全てに終わりと始まりの刻の名において」
 世界は唯一でああるが、一つはない。全てはどこかで繋がっているのだから、その繋がりラインを通して少しずつ力を集める。
 集めた力を変換式に通して自分の魔力に変え、取り込む。少しずつと言っても世界そのものから集めた魔力は大きい。故に強大な力より皮膚が裂け、骨が砕け、内臓が歪み、脳髄が焼ける。
 ああ痛いさ。痛い。だが――痛いだけだ。
 私はこれ以上の痛みを知っているからこそ、私はあれ以下の苦痛を知覚できない。だから問題ない。耐えられる。
――今一度問おう
 開いた視界はとても清澄で、狂った世界を映す。
――――どこかで何かが壊れる音がする。

――最後までついて来れるか?――

 甲冑は服へとなり、剣は切っ先両刃の直刀に姿を変える。
――ただ一歩、ただ一歩歩み出しただけで世界の中に世界が構築される。
 人はこれを心象世界、固有結界と呼ぶかもしれない。しかし"ここ"はそうではない。
 この世界はもとより、全ての世界が見ている夢の残滓が姿を現したモノ。浸食などではない、ただの回帰現象。無理矢理世界に思い出させているだけ。在るべき姿を。在った姿を。

――淡く金色に輝く薄野を歩む。

 辺り一面が薄野で、空は星一つない漆黒の夜。天央には味気ない白い月が浮かび、紅い何かを垂れ流している。
 遠くには一時は天下を謳歌していただろう建物の廃墟が存在する。泉は黒い血だまりでしかなく、物言わぬ骸がただ存在するのみ。
 世界は生物がここに存在することを拒絶している。ただ死のみが存在を許された地。
―縛―
 正しく紡がれた言霊は形をなし、目標を捕縛する。
『ああ、容赦ないですね』
――我が謳うは根源の終焉――
『ぅわ、マジで容赦ない。よりにもよって"それ"とは……』
 容赦する必要がないからしない。ただ、それだけだ。

 
 
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