第十話
「異能、発動
中編」
<14>
「――我謳うは根源の終焉
紡がれし音は滅びの宿命――」
ここで何をやろうとも他の地に影響を与えない。またこの地にとってもそれは影響にすらならないことだ。そして何より、私はこの地において全力を発揮することができる。
「――音は言の葉となり、詩となり、死となって空虚を飾る――」
初歩的な第八位魔法の詠唱は一句、例外的に二句の物もある。先の"冥滅する白亜の緋陽"は第二位の魔法、それもかなりのものなので八句あった。つまり威力と難易度の高い魔法ほど詠唱は長くなる。
そして――前にも言った気がするが――上級と特級はその魔法名を告げなくてはならない。
では今使っているこれはどうなのであろうか。定めるべき詩もなく、魔法名すら存在しない。これは例外の中でもさらに例外と言える魔法。精霊王から教わった人が使うには余りにおこがましい魔法だ。
「――悠久の最果てに在りし楔
失われし神の夢を刻む――」
求める魔力量は破格で、制御力はあまりに人知を無視しすぎている。複数の世界を繋いでいる私でも一週間に一度使うのがやっと。
「――深き宵闇の果てに輝く剣
去りゆく人の帰りを待つ――」
ゴーレムは空間ごと封じられて動くことができない。だから私は安心してこの魔法を使うことができる。
「――我は全てを夜に帰す
――唯一人の友もなく
唯一人の敵もなく――」
額から汗が流れる。意識がどこかに飛びそうになるのを体を傷つけることでこらえる。魂に刻まれた記憶が見えそうになるのを無視する。
「――器は虚によって満ちている
――故に一度も満ちることはなく
故に一度も飽くこともなく――」
――世界がナク。
それはあまりの痛みによるためか、はたまたこの世の無情さに投げているのか。いや、そんなことは馬鹿げている。もうこの地にいた王は、すでに居なくなっているのだから。
「――我が血潮に偽りを
――我が心に奈落を
――我が生涯に無価値を」
この詩はある人がある人に会う前に作った詩であるらしい。
「――其は幾度の終焉を越えて今だ不滅
――始まりは刻まず
終わりを知らず――」
「――我は常に独り
薄野の果てにて終焉を刻む――」
さあ、あと一句でこれは完成する。悪いがもう止まれない。マキアの方もこの魔法に一生懸命で先ほどから黙っている。何、すぐに終わらすさ。暴虐的な魔力量のせいで霞んだ視界でもはっきりと対象の姿を見ることができるのだから。
「――我は虚の夢を見し者
――故に
我が体は
"終焉の極夜"で満ちていた――」
揃えた歯車がすべて噛み合う。
失ったはずの輪廻がまた回り出す。
意味を失くした理がその概念を撒き散らす。
そして、静かにゴーレムが壊れて行く。いや、壊れて行っているのではない。消えていっているのだ。まるで初めからそんなものなどなかったかのように、しかしながらそれは確かに今まであの地に、そしてこの地に存在していた。
それは否定しようのない事実で、変えようのない現実。たとえあの存在が消え去ろうとも犠牲となった多くの人が生き返ることなどない。
強いてこれを分類するならば存在消滅魔法。似たようなもので良いなら、そう言うことができる。
しかし根本的な所では全く違うものだ。同じな所など何一つとしてない。なぜなら存在消滅魔法は物質の存在を消滅させるという物理的な魔法に対し、今使っている魔法は存在そのものを消滅させる。即ちそれに関わってきたもの全てを、だ。もしかしたら関わるはずのものすら消滅させているのかもしれないが、未来のことは保証できない。
つまり、今回ではあのゴーレムを作る上で犠牲となった赤子は元より原材料、作るに至った経緯、犠牲となった人々、その他諸々は最初から存在していないことになっていっている。力加減で現在に限りなく近いこと歪められるが、それもかなり面倒だ。
「…………覚えているのは、俺たちだけだな」
「ええ。ですが紅蓮を謳いし民の怒りは納まらないでしょう。記憶、記録、過去、全てに至るまで消滅させたとしても魂に刻み込まれたものまでは消滅させることができないのですから……
如何致しましょうか? 諌めろと命じるなら諌めますが」
「ん――……好きにしろ。俺はこれ以上関与しない」
「なら放っておきます。昨今の人は私たちのことを軽視しすぎです」
「……やり過ぎない様には言っておいてくれ」
「かしこまりました、我が主」
契約を解除する。左腕に若干の痺れが残るのは魔力を流し過ぎたためだろう。一週間前後は抜けないと思うが、まあそんなにも間髪置かずここまでの戦闘なんて起こるわけがない。というよりここまでやらされることの方が珍しい。はずだと信じよう。
陽光の顔を思い浮かべたらありうると思えてしまった自分が鬱だ。
「元の場所に帰るぞ――の前に。
――限られし時の狭間に現世の夢を見る――」
「あー!! 何と勿体ないことを! 再封印してどうするのですか主!?」
「いや、あちらの状態だと疲れるんだよ。
わかるか? 俺は常に全盛期ではないし、特に今の状態であのままを続けるとなると本気で消滅しかねん。それは避けなければならないことなんだ」
「むー、でもあちらの主の方がすごく素敵なのですよ。
好きな人の格好良い姿を見ていたいと思う乙女心、いくら朴念仁な主でもわかるでしょ?」
「そんなこと、俺がわかると思えたのか貴様?」
「いえ全然。全く、何一つも」
素晴らしいまでの速度で即答してくれるなこいつ。まあいい。少し背伸びして頭をなでてやる。
むう、これでも割と背は高い方なのだが、やはり背の高い奴を撫でるのはこのままでは苦手だ。
で、マキアが溶けかているところで――
「うにゃ! ――にゃぁあ」
――指をならして世界を元に戻す。
あたりを見回すとそこらかしこにひび割れ、欠落、焼け跡その他etc。そして今ここにいるのは私だけ。この惨状を可能かと問われたら素直にうなずける。
うむ、どう考えてもこの破壊活動は私がやったと思われるな。OK、ここは戦略的撤退をしようじゃないか。あくまで負ける為に逃げるのではないのでちっとも恥ずかしくはない。
「じゃあなマキア。またの機会はないと思うが、あればその時も頼む」
「用がなくても是非呼んでください! すぐに駆けつけますから!」
「……お前自分がどれだけ世界に悪影響を及ぼしているのかわかっている?」
「フン、そんなの――――海より深い愛の前には無意味と決まってい」「強制送還――成功」「ちょ、主! 最後まで言わしてください! お願いですからぁぁあ!!」
「妄言を吐く側近を持った覚えはない。生まれ直して二度と俺の前に立つな虚け」
「そ、そんなぁぁぁあああ――――!!」
完全に送還されたのを確認し、そこから戦略的撤退を行う。一応言っておくが、私は何一つとして破壊活動をしていないぞ。
それはまあ、床が意外と脆くて蹴り砕いてしまったが、それぐらいのはずだ。だから私は悪くない――――と思う。自信ないけど。
「そう言えば、レイはターゲットになりそうだな……」
|