第十話
「異能、発動 中編」

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 それからしばらくの時間、紅茶一杯分の時間が過ぎた。
 すでに私自信が彼女の周りに精霊の侵入を拒む結界を築いたので進行速度は目に見えて遅くなっている。しかし止まったというわけでもない。いや今止まられても困る。何せ止まると四肢の先が傷口に代わり、治すことができなくなっている。そうなるとできることは焼いて塞ぐぐらいだ。
 だが今の状態ならまだ何かできる。それが何か、約一名が気付くまで何もできない。
「リヒト、貴方はこれの原因を知っているのでしょう?」
「まあな。お前が知らない原因を作ったのが俺だからな。で、それがどうした?」
「それは、どうなったのですか?」
「悪いが、消させてもらったぞ」
「……そうですか。なら大丈夫ですね」
 何人かその記憶を消去できていない存在もいるが、問題ないだろう。それにしても良く世界に抗えている。本来ならもう消えていてもおかしくないはずだ。外側は精霊に喰われ、内側は世界に拒絶される状態では私でもここまで持たせることはできないだろう。
 一体何がなせる技であろうか。ちょっと解剖しても良い?
「ちなみに、それは一体何だったのですか?」
「核に火の第二位、生贄は少なくとも340人。製作国はファーレン、使徒が降臨したと言っていたあの国だろう。
 それは聖剣の代わりか何かで作り出したのではないかと推測する」
 ただしもうそれを証明する十分な証拠は消滅した。
 ただ一点、今後の事象の身がそれの裁判を起こす。言っておくが精霊の記憶の消去はできない。いくら存在消滅魔法を使ってもあいつらはいつまでも事象を記憶、記録し続ける。それは生きてから死ぬまでずっとだ。
 故に精霊の記憶には世界の姿が映っているとされる。とりあえず人が見れるものではない。
「――で、お前は何をやっているんだ?」
 先ほどからずっと泣き続けている陽光を蹴る。見ていてうっとうしい上、耳障りだからだ。
「だってさ、だってさ! わかるでしょ!? リヒト!」
「ふむ……わかるわけがないだろう! 俺はお前と思考を共有していないんだよ!」
 こちらに向けている腹の立つ泣き顔を軽々しく殴る。ためらうという感情はそこらに捨てているので驚異の胸部装甲(?)の割に割と軽い彼の体は部屋の端まで三回転して吹き飛び、当たって跳ねた。
 一応、あれって人間とカテゴリーしても問題ないんだよな? 後で棚を直さなくては。
「痛い……何で急に殴るのさ!?」
「そうですよ! 何も急に殴ることはないじゃないですか!?」
「恍惚とした顔で言っても少しも説得力がないのはわかっているか? そしてエルは黙っておけ」
「むー、だって何だかすっきりしたんだもん。仕方ないよ。ところでリヒト。僕は一体何をするべきだったのかな?」
「知るかアホウ。過去のことは変えられないと言っているだろうが。そんなこと考える暇があるなら今をどうにかする手段を模索しろ。
 どうせこの状況に陥った理由はアレにお前が襲われたところを偶然通りがかったレイに助けられた程度のことだろう?
 そのような状況下でお前は一体何をすべきなのかなど今はどうでもよい。今、そう今現在お前が何をしたいのかが問題なんだよ」
 で、と私は続ける。
「お前は何をしたい? この状況をどうしたいんだ?」
「そんなの決まっているよ。助けたい。僕のせいで誰かが死ぬなんて、許容できないよ」
 ああ、そんなことはわかっている。何故なら私はきっと誰よりも、もしかしたら陽光よりも彼がどのような存在であるかを知っている。
 だがそれを聞かなければならなかった。聞くことに意味がある。面倒なことに私が勝手に行ってはならない。
「この甘ったれが。わかっているならさっさとやればよいものを……
 おい、いつまで貴様らはここに居座る気だ? 部外者は出て行ってくれ。何が起きるかわからないから下手に巻き込まれると全てがないことになるぞ」
「ちょ! レイは治るんだろうな!?」
「たぶんな。まあ治らないことはないだろう。最悪過去を改竄してでも治す」
「ハァ? そんなことできるわけがないでしょうが! 過去は絶対で、不変なものなのです!
 人が干渉できるような代物ではないことは貴方もわかっているでしょう! そのような世迷言をつぶやく暇があったらもっと堅実な案を提示してください!!」
「そんなことを言われても、俺たち自身何をするか知らないんだ。とりあえず、結果として治すから問題ないだろう?」
「だから! ――れ?」
「一、ここで死にたくなるぐらい痛い目を見る。
 二、自分を産んだ母親を呪いたくなる。
 三、それから大人しく出て行く。
 さあどれがいい? 俺としては一と二を推すな」
 そんなことを言いながら部外者の計五人を無理に外に押し出す。今までの善行(脅迫、破壊活動、一方的な暴力、殲滅行動、敵の駆逐、優しくない拷問etc、etc)というのは非常に大切なことなのだと今更痛感した。
 ええ、腰につけている主に拷問で使うための切れ味の悪いために肉を切るというよりも力の限り引き千切るためのナイフを弄びながら。
「一つ、よろしいですか?」
「時間が限界に迫っている。手早く頼む」
「あなた方はこれから何をやろうとしているのですか?」
「そんなもの、俺たちも知らない。ただ便宜上それを"絶無の世界"(Unlimited Only-Road)と呼んでいる」
「…………わかりました。レイのこと、頼みますよ」
 私もそれを発動して一体何が起こるのかわからない。さらに発動中は記憶があってもその後はその間の記憶がなくなっている。今までで記憶が欠落している個所などそうないのできっとそれが発動したときだろうと想定している。
 扉を閉め、さらに練成で念入りに溶接する。入られたくは、ない。これから入ってきて、発動者である私と陽光、それからあと二人の発動できる者、今回の対象であるレイヴェリック以外の身の安全を保証できない。
 むしろ死ぬことを容易に想像できる。
「少し眠れ、レイ。見て正気を保てるようなものじゃないんだ」
「あの、痛くて眠れないんですけど……」
「……あー、"眠れ"」
 言霊ってすごく便利だよね。このようなことだったらすぐにできるのだから。
「あの、リヒト。何をするのかわからないはずなのに、何をするのかどういうわけかわかるんだけど、どうしてかな?」
「ああ、お前は初めてでも"お前"はやったことあるんだな。まあ、気にするな?」
 それは見られると結構まずいもので、私の切り札の一つだ。かくいうマキアも……いやあんなバカが切り札の一つに入るわけがないよな。
 どういうわけか喜んでいいのか起こるべきなのか悩んでいる彼女の姿が脳裏に浮かんだ。電波を送るなよアホウ。

 
 
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