第十一話
「異能、発動 後編」

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 実力行使も辞さないという気構えでいたら向こうは自ら会議室から出て行ってくれた。
 後々聞いた話なのだが、その時私の背後には何かがいたらしい。何が居たのかまでは聞けなかった。それでも恐ろしい■が居たとされる。
 何時私はあくま属性を身に付けたというのだろうか。そんな風になるようなきっかけを持った覚えは――――ないというのに。
 一応余計な者が出て行く前にある処理を施しておいたのできっと彼らが思い出すことは無いだろう。ある処理というのは記憶の操作。記憶を完全に消すことは実質的に不可能なので限りなく思い出しにくくした。
 先ほどの"絶無の世界" (Unlimited Only-Road)に関することが無いか、もしくはよほどのことが無い限りそのことを思い出すことは無いだろう。
 今ここは残っている人はというと、この国にある六の軍隊の将軍中まともと私が思える人、王直属の近衛兵隊部隊長、つまり各将軍の頭といえる人、ネフィリムは仕事のために元から居ないので除外して、導師ケルファラル、その他極少数。と、あんなところにいるのは。
「――いたのか、ベルクロア公」
「おぬしが噂のリヒトじゃったのか。ふむ、確かに妙なやつだとは思っておったが……」
 学院で短剣をかけてちょっと争ったあの老兵が居る。
 名はランスロット・ジ・ベルクロア。裏切りの騎士にして誉ある円卓の騎士と名高いランスロットの名を冠する公爵だ。ルージュやハルシオンの祖父にして前回の限りなく剣聖に近かった者、アルゼイフの父親である。
 剣聖、確かここ三百年近く埋まっていない座だ。他の座も埋まることがめったに無いが、その中でも一際長い。前回は良いところまで言ったらしいが、最後は結局身内の裏切りに寄って散ったのだったか。
 どうせ毎度のごとく座に座ることによって手に入る強大な力を恐れての行動だろうな。くだらない。
「さて、要らない者共も自主的に退席してくれたことだ」
「アレのどこを自主的というのですか……強力な暗示で行動させていたくせに……」
 さて、何の話やら。大体私が何時その様な暗示をかける暇があったというのだろうか。せいぜい目を合わすぐらいしか行っていないのだ。
 確かにそれぐらいで催眠術をかける者も要る。魔眼なんて言うものがあるのだからそれぐらいあってもおかしくは無い。
 だがそれを私が出来るという確証がどこにあるのだろうか。
「――両眼が翠に輝いていましたよ」
「――……その辺、遠くから聞いていないで少しは寄ったらどうだ? 二度も説明はしないし、質問も受け付けないぞ」
「…………徹底的に無視ですか」
「それとエル、黙るか出て行くか選べ」
「それは選択させる必要あります?」
「ふむ…………あるんじゃないのか?」
 ないことはないと思う。たとえその選択が一方しか選べないとしてもそれでも選ぶ意味はそこにある。なら選択に意味は有るに違いない。
 まあそんなことはどうでも良くて、私はさっさと寝たい。あと山というより小惑星のように積もった仕事がうっとうしい。頼むから誰かあの仕事を片付けておいてくれ。
 て、私のところに回すな貴様ら。仕舞いには物理的に……はしたくとも不可能だから精神的にクビ飛ばすぞ。
「俺自身アレについて全てを知っているわけでも――いやほとんどのことを知らないままでいるだろうな――それほどのことだから説明は全て事前と事後の食い違いを基にした仮説だ。それを念頭に置いた上で聞け」
 そう、全ては仮説でしか語れない。
「第一、俺たちがあの状態になると記憶がほとんど残らない。俺が俺であると言う確固たる事実さえそうであるのかあやふやになるためか、その全てに境界を判別できなくなるためか……
 何にせよ、事実として記憶なんてまず残っていない」
「それはなんと、お主でもわからぬことが存在するのか?」
「確かに俺は全てを知っているように見えるかもしれないが、ただそれは知っていること以外お前たちが聞いてこないからだ。知らないことぐらい俺にもあるさ」
「たとえばどのようなことを知らないのだ?」
「それはもちろん、世界に存在しないこと」
「……それを無いというのを知っているのですか……?」
 だがそれは事実として知らないのだから全知というわけでもない。また私は出来ないことがあるなら出来る人に無理やりでもやらすという方針を持っているので全能というわけでもない。
 無理をすれば出来ないことも人並みに出来るが、それでも元から出来る人よりは出来ない。効率も悪いつまるところ、適材適所万歳。出来ないことはするものじゃない。
「"絶無の世界"の発生条件なのだが、俺と陽光と、実はもう一人がいるのだがそいつが生きていること。別に死に掛けていようが死んでいようが生きてさえすればそれでいい。
 さらに二人以上が同じ対象に同一の結果を同時に望むこと。三人目は今のところここに存在したことが無いのだからそうであると推測する。きっと多数決なのだろうな。
 ああもちろん心のそこからだ。精神を操作してそう思わして起こそうとするのは不可能だぞ。偽りはどういうわけか何かに発覚しているからな。それ以前に俺たちにそういうのは表層はかかっても深層までかかることはないし、まあ無理だな。
 またその結果が現実として常識的に不可能と分類される類であることも条件のうちに入っていると思う。
 たとえば――やったことが無いからわからないが――死者の蘇生、存在の究極消滅、世界の構築など、まあそんなところだな。今回のもこの世界にとって常識的に不――」
「――そんなことが可能なのですか!?」
「質問は受け付けない。応えていたらきりが無くなる」
 やはりエリュシオンもたたき出すべきなのだろうか。たたき出すべきだな。というわけでしばしお待ちください。すぐに追い出しますから。
「……効果にしては非常に簡単に起こりそうですね」
「いや、そうでもない。例えばある絵に対して簡単に美しいと装飾してもそれは人によって違うだろう。何せ全く同じ場所で同じ時間に見ることは出来ないのだからその差は当然生まれる。
 その差すら発動条件は許してくれない。だから今のところ、多分二回ぐらいしか起こっていないと思う」
 正確なところは誰にもわからない。少なくとも私が起こしたのは二回である。もしかしたら多くの人がこれを行っているのかもしれない。
 こういうことは基本的に計測不可能なことなので私にもさっぱりわからない。まあ、大体を予測することは出来るが。
 世界の構築だって一時創作でも二次創作でも三次創作でも書いてしまった瞬間にその世界は構築されているものだ。
 故に誰もがこれを使用しており、しかしながら何時使用したのか決してわからない。なぜならその構築された世界というのは構築された瞬間に歴史を、重みを持つ。
 想像する前にすでに想像されていることになるので誰もその存在した瞬間を認知できなくなる。
 並行世界の一つのあり方だな。

 
 
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