第十一話
「異能、発動 後編」

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 二回、私たちが起こした回数である。
 私たち以外が起こしたのはさすがに数えていないので、もしかしたらもっと起こっているかもしれない。
 実のところ"絶無の世界"は意外と起こしやすい。本当の事を言うと私独りでも発動することが出来る。その場合は死ぬ確率が半端なく高くなるだけだ。
「もちろんアレの発動にはいくつかの対価を必要とする。
 一つは寝たきりの状態になること。その期間は決まっていない。
 一つは当分の間倦怠感が付きまとう。それに伴って弱体化もする。現に今の俺の力は通常の百分の一程度だ。脆弱はなはだしくて反吐が出そう。
 またこれらのほかに何かあるのだが、それらは不確定だな。終わった後に決まる。それに気付くかどうかもわからない。最善では何もない。だがしかし最悪でも対価で死には至らないだろう。このあたりは賭け事に似ている。
 まあこんなところだな」
「どうして記憶が残らないのか、推測できますか?」
「いや全く」
 目の前にある茶菓子に手を伸ばしたが、途中で止まる。仕方がないようだ。隣で陽光がすこぶる幸せそうに寝ているのを見てついついその頬を殴りたくなって来た。
 なぜ私だけがこのような仕打ちを受けなければならないのだろうか。
「今回の対価が何か、わかっているか?」
「俺のは大体予想が付いている」
「差し支えなければ教えてもらいたい」
「腹が減っているのに何も食べれない」
「………………は? だけ?」
「だけとはなんだ!? だけとは! 言っておくがこれは結構苦痛だぞ! 目の前に何があろうとも食べることが出来ないのだからな!
 同じ苦痛が味わいたければ……穴掘ってそこに首から下を埋めてもらい、目の前に自分の好物を置いて三日三晩過ごせ。二日で嫌になるから」
 私の場合は三日三晩で終わるわけも無く、先が一切見えない。しかも自分は食べたいと思うのに対し、身体が食べることを拒絶する。
 やろうとするのに出来ないのならまだしも、できるのに対しやらないのはそれ以上の苦痛を与えてくれる。今本当に自分を殺したいと思っているぐらいに。それでも殺せないのはやはり自分だからだ。
 全く、断食に慣れていると入ってもこんな断食には慣れたくないぞ。
「というわけでこれ以上の苦痛を感じたくはないから俺はさっさと寝たいんだ」
 そのせいで今もかなり不機嫌だ。食べ物が無い状況ならまだしも今現在目の前に食料がある状態が気に食わない。それを口に入れて咀嚼する奴らを殺したい。眉間にしわが寄っていないとおかしいな。
「わ――わかった、可能な限り早く終わらせよう。では、なぜその絶無の世界というものにアーヴィンの空間結合時における多干渉力場発生説が関係するんだ?」
「アレは一種の亜空間というよりも異界、多重複合空間だ。物質――特に魂を持っている物質はその内部にそれぞれの世界を、心理を持っている。その世界は精神であり、また精霊の住む世界と繋がる道である。
 このことに関して質問は受け付けない。自分で調べろ。固有結界で調べていけばきっとわかるから。
 “絶無の世界”ではその内面世界が表に出てくるというわけで、多分俺とコウの内面世界が干渉しあった。そもそも俺たちは似通っているからそういうことが起こりやすいんだ。
 いや以前は違ったかもしれない。なにせレイを生かすには多量の力が必要だったし、それら全てを制御する必要があった。そのためには多干渉力場を起こしたほうが手っ取り早かったからそうなっただけかもしれない。
 とにかく起こったのは確かだ」
 その時極僅かに外界にもれた力がこの世界の力場と干渉し、奇跡とでも言うことが起こったのだ。今回の目的は治癒、蘇生に限りなく近い治癒だったため起こった奇跡もそれの系統に当たるものだった。
 これでもしも私たちが望んだことが破壊などであったら、この国、元から存在していなかったことになっているかもしれない。
「それを起こせば魔王も消滅できるのでは?」
「んー……どうだろう? そんなことはまず無いと思うが、こいつが魔王の消滅を望んだと仮定しても消せない場合が多いな。
 消滅できたとしても別の何かが魔王になる可能性も否定できない。とにかく、完全消滅は期待するな。
 何せ魔王というのは生物の怨念や欲望といった負の感情の集合体だけでなく行き過ぎた正義だとかそういった善を極めて悪に堕ちた者もいる。今を消化できたとしても次がいるからやるだけ無駄だと思うぞ。
 所詮一時凌ぎ? 本当に消滅させたいと思うなら全ての世界から全ての生物を消す気でいないと……むぅ、人を救うはずの存在が人を滅ぼさなければ救えないか……なかなかに矛盾しているな」
 まあそのときは人を救うはずの存在も消滅しているので気に障ることは無い。それに消滅するのだから死ぬというわけでもない。可能か不可能かと聞かれたら可能と即答できる。そんなことよりは神を殺したほうがかなり楽だ。
 あー、そもそも魔王の対である存在を全世界から抹消したほうが楽かもしれない。使徒なんて言うものがいるから魔王が存在できるのだろう? なら使徒を消してしまえば魔王もただの王だ。おお、簡単だな。
 ところで、一体どこのどいつが最初に使徒なんて言う存在を提言したんだ?
…………あいつらか。傍迷惑な事しか出来ないのか? ちょっと殺しに征っとく?
「まあアレだ。俺たちに過度な期待をかけるな。軽く裏切ってやるから」
「…………お前本当に使徒?」
「使徒の中には人民を虐殺した奴もいる。使徒が須らく一般的善であると思うな」
 使徒は飽く迄対この世界の魔王最終兵装であり、勇者や正義の味方、救世主というわけではない。殺人鬼だろうが悪魔だろうが、それこそ異世界の魔王であろうとこの世界の魔王さえ殺してくれたら使徒なのだ。
 一時魔王に使徒候補を殺してくれと願った時代もあったぐらい。まあそんな使徒候補は試練の途中で似通った原因で死んでいる。試練には使徒候補の選別の意味合いも含まれているからな。
「そういえばそんな使徒もいましたね……」
「そこ、コウをそんな奴らと同類視するな」
「……ですね。彼女がそんなことをするとは思えません」
 そう、陽光は殺すなんてことをしない。どのようなことがあっても殺すなんてせず、全力で生かそうとする。
「唯俺が理解できないものを容易く使用したくないだけなのだがな」
「そちらが本音なのでは……?」
「当然。この世界も自分を中心に回し続けてやる」
 誰かのためにだとか、世界のためにだとかそんなくだらない幻想は掲げない。常にどのような行動も選択も自分だけのために。己一人のことを考え、都合を優先し、唯我のみを通す。そのために起こった責任も罪科も当然背負う。
 だが止まるつもりは無い。私の歩みは決して止めない。立ち止まることはもう許されないことなのだから。
 重荷で私が潰れても――決して歩みは止めない。

 
 
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