第十一話
「異能、発動 後編」

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 あの後の二、三の質問にも手際よく答え、私は会議室から出て私室へと向かって行こうとした。
 やっと眠ることができる。非常に喜ばしいことだ。
「お前がリヒトだな!? 手合わせ願いたい!」
「――……忘れてた」
 多分この鮮やかな翠の髪と目をした明らかに精神年齢が外見年齢よりも低そうな小娘がかの、普通じゃありえない意味で高名なクルジス国の武姫なのだろう。その小娘は男装をし、また腰に一丁前のように剣を刺している。
 武姫と呼ばれるにしては意外と筋肉が付いていないのだが、これは世界の設定か?
「……一度しかしない。結果に文句をつけない。場所と時間を選ばないというのなら、やってやる」
 このまま放置してもろくなことにならないと直感的にわかった私は諦めて受けることにした。少なくともこのようなことが二度とないように手回しはしておく。
「ああ、それでいい」
「なら今――」
――ドグッ!!
「――うぐっ!?」
 “ま”という発音と共に攻撃を開始する。死なない程度に情け容赦はしておくがそれ以上をする気はない。兎に角私は眠いのだ。これ以上安眠を妨げるような輩が出てくるのは非常に耐えられない。いい加減にしないとちょっとドラゴンでも連れてくるしれないよ。
「――ふっ、は!」
 床がなくなったので障壁の上に立つ。ふむ、雰囲気からしてまだ原形をとどめて且つ生きているようだ。
 どうしてこうも異世界の人類というのは無駄に頑丈に出来ているのだろうと土埃のせいで見通しの悪い下を見てみる。そこには赤い水溜りが出来ていることもないが、とりあえず彼女は戦闘不能に陥っているだろう。
 今後まともに戦えることができるかはわからない。私個人としてはできなくなることを望んでおく。
 何をしたのかというと、鳩尾にアッパーをねじ込み、衝撃のせいで前かがみになったところを頭部にかかと落としを入れた。当然唯のかかと落としではなく、風の魔法が付加されており、このように一階まで床を突き抜けるほどの威力を有している。
 だというのに彼女はまだ原形をとどめていられる。彼女自身が耐久性に優れているのか、はたまた特別精霊に空かれていたのか、もしくは世界がそうさせたのか。どちらにせよ殺さなかっただけ良かったとしよう。
「――……ついでだ」
 と圧縮空気の弾丸を大量に撃ち込んでおく。あの攻撃に耐えられたという点を考慮しても一ヶ月はまともに戦うことができないだろう。
 胃の辺りがむかむかしてきたので懐から煙草を取り出す。特にイライラしているときついつい手を伸ばしてしまっている。ああ、格好いいからといって吸わないほうがいい。早死にしたいのなら別だが、これは普通の人間には毒でしかないのだから。
「……む、ライターない。おいそこの。火ないか?」
「あ、ありません!」
「そうか、仕方がない」
 指を鳴らして火をつける。多くの人が魔法があると便利だというが、魔法なんてせいぜいこの程度のものでしかない。ライターがないとき使えたら便利程度のものでしか。
 確かに便利なところでは便利だが、ないと不便ということはない。どの世界においても所詮手段は手段なのだよ。それが権力の象徴や神格化されることはあっても手段でなくなることはない。力はどう装飾しても"力"としてしか存在できないのだ。
「――一体何の音ですか!?」
「ああレイ。事後処理頼む。俺は寝る」
「そんなもの自分でやってください! それよりも一体何があったというのですか!?」
「事後処理やれ」
――カキリッ
――ガチン
「だから――喜んでお受けいたします!」
 金属的な音が聞こえたのはきっと気のせいに違いない。都合のいい事は聞いておいて、都合の悪いことは聞き流す。人としてそれは余りに正しいことだ。
 まあそんなことは置いといて、煙草を吸いながら私室を目指す。吸うと言ってもそんなにも続けて吸う訳もなく、そもそも私はヘビースモーカーではないのだから一、二本程度だ。それですら珍しいが。
「……フー……」
 自室の窓から外を眺める。前の、陽光の私室に近いところは生理的に嫌悪感を覚えたのでさらに替えてもらったのだが、その部屋がまた変わったところにある。
 現在バルコニーが存在しない代わりに丁度あの部屋の上が屋根となっている。そのためいつでも屋根に上って空を眺めることが出来るのだ。景色も楽しめるので晩酌は其方の方で楽しんでいる。
 また私室と言っても今向かっている場所は完全に寝室。研究室兼実験室兼工房や書庫とはまた別の部屋だ。昔は一部屋で済ませていたのだが、どうにも物で散乱しすぎた上に部屋自体の限界を目にしたので分割した。そのため現在は快適な生活を遅れて…………いるのか?
 正直他の人たちの喧騒に巻き込まれて平穏無事な生活とは程遠い場所にいるような気がしてならない。それが気のせいですめばいいのだ。しかし済ましてくれないのが現実の嫌なところだ。少しは甘くできても良いのではないだろうか。辛すぎる世の中だと子どもに嫌われてしまうぞ。
 廊下を複雑に折れ曲がっていって行き着いた先の廊下の前で魔力で作った陣を敷く。ここに入口があるのだが、ただで開かないのは当然のことだ。結構頑強な鍵をかけている。陣を敷いたら次は言霊をつむぐ。
「"叶えられない理想に価値はない。しかしそれを追い求める事に意味はある"」
 言葉に魔力を乗せて言い放つ。ここまでならやり方次第ではあけることが出来ると思うだろうが、そうは問屋におろさせない。魔力というのは個人個人で波長が異なり、それを正確に測定するのは現代では不可能。そのために鍵は大雑多なものになってしまうのは否めない。そこは私も同じだ。仕方がないと諦めよう。
 だが魔方陣の方はどうだろうか。これはよくある平面の魔方陣ではなく立体で出来ているもの。そのため普通の魔法使いでは慣れていないゆえに上手く、正確に描くことが出来ない。
 またこれを描くのは詠唱魔法の方では不可能となっている。紋章魔法は使い手が少ないためまず開けることが出来る人が少なくなる。また空間を把握でき、構築できる人となればさらに人数は激減する。だが出来る人がいないことはない。
 故に更にもう一つの鍵をかけている。最終ロック、魔力によって形成される鍵。正直に言ってこれができなくなったら私も部屋に入ることが不可能になるため少し危ない橋を渡っている。それでも盗人に入られるよりかはましだ。
 その鍵は魔力で出来ているのだが、作り方がありえない。その方法は言えないが、常人ではまず不可能とだけ断定しておこう。
 とりあえず、最初の解呪の言葉自体が日本語なので多くの人が意味を知ることが出来ない。意味知らないとこれ解呪出来ないようにしているから。

 
 
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