第十一話
「異能、発動 後編」

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 気がついたら意識が覚醒していた。
 仮死状態で寝て起きるたびにそんな何時寝たのかわからない微妙な感じで目が覚める。普段は起こらない私の特異な欠点である方向音痴で道に迷うとたまに似たような感覚に襲われる。
 その欠点が発動した時の一例を言うと、気がついたら生死問わずの賞金首になっているテロ組織の本拠地ど真ん中に居たり。周囲のテロリストたちも何時からそこにいたのか、どうやって侵入してきたのかわからないらしい。
 それから元いた場所に戻るためにまた道に迷うのだが、最低5回道に迷わないと元いた場所に戻れる道までたどり着けない。本当に自分でもいつどこでそんな癖が身に着いたのかわかっている分さらに諦めとやるせなさを感じてしまう。
 まあそれが常に悪いことばかりではないのだからそれほどまでに苦痛ではないが。
 そんなことはどうでもよく、洒落にならない空腹を今感じているのが問題なのだ。今まであった枷がなくなっているようなので八割の確率でもう食べることができると思う。
「――この辺にたしか……非常食が……」
 部屋の棚を漁り、軍用に作らせている食糧の一つ、非常に日持ちが良く、また栄養面においてもカ●リーメイトの数倍は優れている分当然味が今一つな携帯食料を取り出す。
 軍の携帯食料にとって味は二の次三の次なのさ。むしろ我慢しろその辺。少しは作り手に気にさせているが、それでも無視せざるを得ないところがある。
「あ、あった」
 出てきた淡く黄色いスティックをかじる。これでも先月作ったものであるというのが驚きだ。
 うむ、相も変わらずまずい。陽光の料理で肥えた舌にはきつい面がある。まずいからといってどうもこうもしない。私は昔これ以上にまずいもの――いやあれはまずいどころの話じゃなくて正しくワカラナイ。
 味がどうという問題の前にどうやってあんな物質を世界に作り出せたのか今なお不思議だ。世界も許容するなアホ。爪楊枝の先に付いたそれを嘗めただけで妖精郷が見えるほどなんてもう食べ物の限界を超えているだろうが。
 兎にも角にも必要な栄養素とカロリーを摂取できた私は部屋から出る。武装一式は勿論持って出る。
「全快、とはいかなくとも七割方は回復しているな……
 良し、把握した」
 自分の容態を把握しながら廊下を歩く。意識的に気配を消しているので道行く人に私の存在を悟られにくくしている。
 すれ違う人の服装を見るにどうやらすでにシュルスの月のようだ。おかげで目が痛い。主に光を反射する煌びやかな装飾品のせいで。
 シュルスの月の間はずっと祭り状態だ。おかげで城下も城も無意味に賑やか。街ゆく人はすべからくどこか能天気で、気が緩んでいる――

――シキン!

――からああいう刺客や間者が多く入って来れ、それを狩る人たちが東西奔走するのだが、それでもやはり少しはここまで来てしまう。
 風の魔法を使って針とも剣とも判別つかない20cmほどの剣を作り、空間に固定する。それらの切っ先は全て一方向を向いている
「――対象固定ターゲットロック
 ――全剣射出ファイア
 矢継ぎ早に翠のリング――多干渉式"加速"によって初速から音速を超えて打ち出された鍼剣は廊下を翠の環状式陣によって進行ベクトルを強制的に曲げられ、対象に向かって進んで行く。
 唯の癖で常日頃から城全体に式神を放ち、監視しているのだ。別に私の眼に見えなくとも問題はない。
 風属性補助系統の一種で高速機動を可能とする魔法を自分に使用する。その魔法は自分を少しだけ浮かせ、地面を滑る様にして移動するというものだ。これはオリジナルではないが、それでも改良している。
 さらに多干渉式"加速"を使い、自分を加速させる。追加で自在式"加速"を用いて自分の固有時間を加速させる。多干渉式"加速"の欠点はどこまでも加速させてしまうことで、ブレーキもセーフティ・ロックも存在していないところだ。やろうと思えば光速も越えられるって一体どこまで何をどうすれば気が済むのかといいたいが、式とは大概そんなものである。
 そんな危ない式に安全装置を取り付け、簡単に使いやすくした代わりに余計な代償をつけたものがこの世界の魔法の原型だ。
 固有時間加速のせいで音が消える。いや消えたわけではない。ただ聞こえなくなっただけだ。
――シュォン
 壁を蹴り、道を滑り、放った剣の残光を追う。本来は共に在るべき風が水のように服に、肌にまとわりつく。それでも私は前に進み、ブレーキ代わりにちょうど手前にいた剣が何本も刺さった刺客の顎に蹴りを入れる。
 同時に自在式の加速を解き、練成で生み出した鎖で刺客を縛り、遠くにいる騎士に魔法でこの場所を教え、手紙を置いて放置し、次のバカの元に駆け出す。
 そろそろこの国も暗部の鍛え直しを始めないといけないのかもしれない。なんて下らないことを考える。特別執務官の立場上ある程度暗部とも関係がある。
 ただその実態までは完全に把握していない。いや把握していないだけか。やろうと思えばいつでもできるのだ。
「――疾!」
――バキ!
 給仕服を着こんだ間者に鉄を仕込んでいる靴で蹴りを入れる。肉が引きちぎれる感触がした。白いエプロンが朱に染まっていく。痙攣しつつ、吐血をしている。
 急所は避けて激痛の走るところを狙ったので問題はないはずだ。私に限って狙ったところを外すという初歩的なミスをするはずがない。
 周りが呆然としている間にバーテンダーの服を着ている男に裏拳を叩き込み、股間を潰すつもりで蹴りあげる。周囲の男は呆然としているはずなのに顔を青くしながら股間を抑えた。
 何その生理現象? まあ確かに何か丸い物体が二つ潰れた感触がまだ脛に気持ち悪く残っているが。
「――おはようリヒト。目が覚めたんだ」
「ああ。つい先ほどな。――と、そこの奴〆といてくれ」
「りょーかい。言っておくけど、僕はリヒトほど優しくできないよ?」
「アレのどこが優しんだ!?」Byその場にいた雄性体一同
――ゴキグシャバキガスズドドドドドドメキャグチキュィィ……ズン! ガスガスガス……

 ゴミ掃除を終えるまで今しばらくお待ちください……

「――ラストっと」
「ねぇ。聞くのを忘れていたんだけどこの人たちは一体何なの?」
「おいぃぃぃいい!! いいのかそれで!」
「黙れ。場所が多すぎて具体的に何をとは言わないが、潰すぞ?」
 お前そんなことも考えずに倒していったのかよ。やはりというか、意外というか顔の原型残っている奴少ないな。少なくとも生きているのだから万事問題無しという考えもまたどうかと。
「ああ、間者や刺客の類。
 シュルスの月は人が多く、皆気が緩んでいるからいつもより潜り込みやすいんだ」
「ふぅん……お仕事熱心だねぇ……」
「ああ、腹立たしいまでにな」
 今ごろ騎士たちがそいつらを回収して行っているだろうと思いをはせつつ、空腹状態の私は陽光に食事を要求した。だからといって頼んですぐにできるわけもなく、現在兵士用の食堂で30分ほど待たされている。

 
 
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