第十一話
「異能、発動 後編」

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 久しぶりの和食に舌鼓を打ちながら状況確認をする。
 はっきり言うと私は今がいつなのかまだわかっていないのだ。故に何をしなければならないのか、何があるのかも皆目見当がついていない。わかっていることといえば、今がシュルスの月であることぐらい。そのことは町の異様なまでの活気を見ればすぐに理解できる。
「今? シュルスの月の二日だよ」
「せめて五日が良かった……現実とは常に酷だな……」
 まだ二日であるということは今夜も祝賀会があるということだ。当然私も出席しなければならない。ただこの場合は二通りの出席法歩がある。
 一つはエッジとして出席した場合。ただしこの場合は申し込まれたならばダンスもしなければならず、その上始まりの時に挨拶もしなければならない。
 だがもう一方のリヒトとして出席した場合は両方ともしなくても良いが、シェリア姫がうっとうしい。まあそこまで痛めつけてい置いたんだ。まだ回復して――
「あと、シェリア姫だったかな?
 昨日の祝賀会に出席していたよ」
――いれば、の話だが……貴重な情報どうもありがとう。近頃の女性がたくましくなっているのか、それとも私が弱体化しているのか近頃わからなくなってきたよ。
 それにしても、どうしようか。シェリア姫の子守は、いやシェリア姫だけではなく、成長し、人格の形成し終わった人の子守は面倒で嫌いなんだが。特に嫌なのはエリュシオンな。彼女の場合は散財が激しくなるから。
「それと、エルからの言伝があるんだけど――――聞く?」
「――聞きたくない」
「じゃあ聞くんだね」
 良くわかっているじゃないか。伊達に三年の付き合いがあるわけじゃないな。
 私の"聞きたくない"とはつまり聞きたくないが聞かなければならないので聞くということだ。本当に聞きたくない場合は普通に聞かないという。
「"出席しなさい"」
「…………なぁ、あいつにいったい何の権限があって俺に命令しているんだ?」
「さぁ? 僕がわかると思っているの?」
「はっ! まさか。自分に聞いたんだよ」
 栗金団を口に運びつつ、熱燗に手を伸ばす。陽光は口調から表情まで全てまねをしたため、その時のエリュシオンの顔が容易に瞼に浮かんだ。
 このまま無視して出席しない場合はきっとあとで心労つのることをやらされるのだろうな。ただでさえ穢れの結晶連中の寄せ集め、権謀術数と悪意の中に行くことを想像するだけで嫌悪感を通り越して殺戮衝動にかられているのだ。
 これ以上の苦痛を与えて何が楽しいのだろうか?
「…………ハァア……」
「ため息つくと幸せが逃げるよ」
「少なくともため息をついたところで幸せは来ないな。というか俺は幸せなんて望んでいない」
「あはは、そうだったね――――夢、だっけ? 叶えたいのはそれだけなんだよね」
「ああ――――俺の目的はいつであれたった一つの夢だけだ……」
「それって、"ここ"でも叶えられるの?」
「この夢に場所は関係がないからな」
「ふにぅ……そろそろその夢の内容も教えてくれていいんじゃないの?」
「叶えたときに教えるさ。昔に言っただろう?」
「そうだけどさー……」
 結び昆布を口に放り込み、私は席を立った。
「ごちそうさま。俺は正装などの準備があるから部屋に戻る――――ったく、面倒だな」
 しかし、良く三十分という短い時間でお節料理なんて作れたな本当に。後で材料費の請求書を見るのが嫌だが、どのようなことを行って作ったのか知るのも別の意味で嫌だ。とりあえず、触れてはならない禁断の域として登録しておこう。

 身体から体臭は感じられないが、念のために体を洗っておく。祝賀会の後にも染みついた尾州を落とすために入らないといけないと思うと本来苦痛ではない風呂も苦痛に感じられるのだから不思議だ。
 髪留めを外すと後ろで束ねている長い髪がほどける。
「……?……」
それはいいのだが、若干毛先が濁った黒色から別の色に変色し始めていないだろうか。こういう時何か注意点が存在しているような、いないような……――あ。
「――マズ!」
 意識した瞬間に鼓膜が破れかねないほどの轟音が耳に刻まれる。声の主は精霊。私の感情の変化に応じて暴れているのだ。これに少しの魔力が混ざれば一気に爆発する。
 私たちのように精霊に異常なまでに好かれている存在はこのようなことが非常に起こりやすい。別名に歩く爆弾と名がつけられるほど起こりやすい。
 ある国では戦略兵器として私たちのような存在が捕獲・封印されていると聞く。それだけ、危険なのである。感情を制御できない私たちは。
「――――"鎮まれ"!!」
 口から発せられた自己暗示の意味も持つ言霊は強制的に私の感情を鎮め、騒ぐ精霊たちを実力で抑えつける。髪が元に戻っていることを確認すると、やっと深く息をつくことができた。
 精霊に好かれすぎている存在はこのように自己を沈め、精霊を抑えつける方法を習得しないと首を飛ばされる可能性がある。私たちは何時何処で爆発するのか、そしてその規模は総じて洒落で済まない。
 誰であれそんな爆弾を懐に抱え込みたくない。故に最善策と称して殺しにかかるのだ。まあそんなにも容易く死んでやるわけないが。
「……祝賀会、壊滅させてぇなぁ……」
 覗きは防止する。でも夜景が見たいからと昔の人が編み出した偉大な一方通行の透過魔法で見える蒼い空を見上げながらつぶやく、それは水音によってかき消され、実質的な力を発揮しなかった。
 ふと、皮膚の表面に薄い痣を発見する。日本人にしては白い肌の上に微かに茶色に走るそれは左腕の表面を肩から指の先まで隈なく走っている。
「むぅ、使いすぎたか……」
 その線の名は魔力回路。魔力を有する存在なら何であろうと関係なく持っているもので、簡単に言うと霊脈と同じものだ。またこの部分で魔力を生成・精製している。
 魔力回路は全体量の内、体表を流れているものが約七割と存外多い。一応肉体組織なので外部から壊されてもいくらかの再生は可能だが、内部から壊れると回復の見込みは一切なくなる。
 私のオーバードライブもこれに過剰魔力を強制的に流しているため内側から決壊する恐れがあるので長時間できない。まあこれを抜いても体への負担が尋常なものではないからどちらにせよ長時間はできないが。
「――ああ、そうか……」
 左腕だけにこの痣が出ている理由はいたって単純な物だ。私は一度左腕の魔力回路を生贄にしているのだった。だからきっと、左腕だけこのように痣が起こりやすくなっているのだろう。

 
 
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