第十一話
「異能、発動 後編」

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 試しに痣を触ってみても痛みは全くない。どうやら本当にただの痣のようだ。現在、痣は薄いので日常生活中でも怪しまれることはないだろう。体調に対して問題もさしあたって見当たらないので気にすることでもない。ならば、気にする必要もない。
 体を洗い終えた私は脱衣所で動きやすい服に着替える。生憎正装はここに持ってきていない。切る場合は部屋に取りに帰らなければならない。
 現在時刻は午後4時27分。祝賀会が始まるのは六時頃であったと把握している。まだ正装を着る必要はないな。本でも読んで暇を潰していこう。
 そう思えていた時期も一度はありました。
――チャキリ
 きっと私のやり方と勢いその他諸々、つまり私そのものが気に入らない他国の方々、ついでに後ろめたい本国の方々が邪魔ものを排除するために刺客を送ってきたようだ。先ほど体を洗ったばかりなので汗をかくほどの運動をしたくはない。だからといってこのままストレスを発散せずにいるのもまた問題が発生しそうだった。
 とりあえずアレだ。こいつらを送ってきてくれた人たちには少し感謝の念を送っておこう。
 腰に手をやって――――ああ、武装を部屋に置き忘れた。アークも現在修理中で使えない。良く考えたら今の私は丸腰ではないか。面倒なうっかりをしてしまったようだ。
 脳裡に一枚の陣を敷く。回路に魔力を流し、魔法を完成させる。発動するのは召喚。空間を歪め、距離を歪め、今ここにそれを出現させるものだ。
 足もとに魔力で描かれた陣が出現したのを感じる。
「――――抜刀、八凪」
 右手にかかる覚えのある重みが確かな存在を伝える。抜刀と口にしているので鞘はすでに部屋に置いてきた。
 対象を目視――数は五。全て人であると断定。制約により殺害は禁止。なら、無力化するまで。殺すことが禁止されているだけで、別に四肢を破壊しても後で死なない程度に手当てすればいい。結果として死ななければ良いだけなのだ。
 対応手段を構築。
 ただな。相手が五人は少し少なすぎる。送るなら最低20はほしかった。さもなければ――
「――――!!?」
 のどを切って声帯を潰すことで何があろうと声を出さないようにしているのか。そちらの方が、都合が良い。騒がれると余計なやつらが来てしまうから。
 相手の腕に刃を当てる。
「――疾!」
――手にかかる重み、それは昔から慣れている肉を切り、骨を断ち、命を断つ重み。煩わしく、気色が悪い。それでも私は剣を振りぬく。八凪には当然の如く"冷域"を発生させているが、相手もまた魔力障壁を張っているのだろう。本来、肉を裂くではありえない反動が手に帰ってきている。
 だがそれに構うことなく私は振りぬいた。さらに返す刃で反対の腕も落とし、腹部に空いている左腕の拳を叩き込む。
――ヒュオ
 微かに聞こえた風の音。聞いた時には反射的に後ろに飛んでいた。脇目を振ると先ほどまでいた場所の床が抉れていく。きっとこれは風の魔法だろう。音のなさから見て間違いない。
 陣を敷く。属性は水と風、さらに火という三重複合属性魔法。ただし攻撃系統ではなく補助系統であるため非常に使いやすい。刹那で陣の構築を終えた私はその陣をいったん凍結し、別の陣を構築し始める。
 慣れたらこのようなことも可能で、一度にいくつも作っていくよりも安全かつ効率的に行えるため最近からこちらでやるようになった。
 合計三つの魔法陣を敷き終えた後、着地と同時に全てを起動する。最初に構築した陣は周囲に魔力を伴った濃霧を出現させる既存の魔法。それにより自分もろとも相手の周囲から視界を奪う。魔力を含んでいるため魔力によって感知することも至難の業となっている。
 二つ目に構築した陣は周囲を瞬間的に凍らす水属性の魔法。"水天結界"と呼ばれる攻撃魔法だ。瞬間的に大地を凍らし、動きを封じる今はまだ第一段階。第二段階では凍った大地から無数の氷の槍を作り出す。この耳にしっかりと肉を貫く鈍い音が聞こえる。
 第三の陣、己の魔法を任意で強制的に火属性に変換する魔法。それのおかげで氷の槍が燃え上がり、傷口を瞬時に焼いて塞いでいく。悲鳴は、生憎喉を潰しているようなので聞こえない。残念。
 魔導媒体である八凪を左手に持ち替え、霧を掃う。いや祓う。似たような結果だが過程と意味が全く違う。祓うなら後も残さずきれいに片づける。掃うでは見た目以外元に戻らない。
「――――!」
「――――!!――――――――!」
「――ん? ぁ、ああ。相手が悪かったな。暗殺者ぐらい俺もやったことがあるらしい。才能のある貴様らの方が、なれないことはないが才能のない俺よりも強くなれるだろうが、まだ俺に挑むには早かったみたいだ。まあ諦めて来世でやり直せ。できるなら俺と出逢わない道を取れよ」
 若干焦げた肉の臭いがする人の意識を刈り取る。数はちゃんと五人いることからこれ以上はいないはずだ。そうはいっても気を抜かない。いや抜けない、だな。
 暗殺者をやっていたころの職業病が抜けていないようであの時以降常に試行の一部を周囲への警戒に当ててしまっている。それは非常に良いことなので直すつもりはない。
「とりあえず、こいつらは…………放り込んでおくか」
 今の時期拷問官も休んでいると思う。もしかしたらあのサドは今も拷問をやっているというか、禁断症状に襲われているかもしれない。生憎そこは人それぞれの趣味なので私の預かり知るところではない。
 今のところは彼らの武装を解除させ、監獄の中に放り込んでおくことだけだ。放っておくのもそれはそれで問題になる。
 私は彼らの服をあさる。こういう場合、暗器や毒を仕込める場所は靴の裏や布地の間。魔法もあるので胃の中から血管の内部。果ては髪の一本に練成していたり、ここはベターに入れ歯を細工して保持して居たり。
 考えつく限りの場所を調べ、可能な限りの暗器及び自我異様の独もしくは武器を奪取する。暗殺者の中には当然の如く女性もいたが、そんなことはキニシナイ。まあ言えることは、全身網タイツが時代遅れの忍に見えたのはここだけの秘密ということで。
 ふと、このまま喉を潰させたままでしゃべれないままだと面倒なんだよな、なんて思った。かといって私が治癒魔法かけて治すのは無理。声帯を一から作り直すのも面倒。手間がかかる。というより割に合わない。不当労働費を要求する! 通らないだろうけどな。
 それ以前に残業代よこせよ老王。別にあんたの命でいいからさ。二つなんて欲張りなことも言わない。ひとつで十分だから今すぐに。
 そんな悲痛な現実は置いといて。できないとなるとここはやはりあいつを召喚すべきだろう。そう言うわけで肺に息を込める。
「Come on! ヒカリン!」
 ごめん、余計な"ン"が入った。なぜか言わなければならない脅迫概念に襲われたんだ。これでも"助けて"といわなかっただけましなんだ。
 しかし、今の強制力は一体どこから来たのだろうか……。あー、思い当たる場所が多すぎて特定することが不可能だ。
 そんな俗世のことはどうでもいい。一瞬脳裡に最低千年ぐらい生きており、洒落にならない知識を持ち、わけのわからない薬を作っては私を実験台にした赤と青の服を着こんだ女医の顔が脳裏に浮かんだ。何でさ?
 あと後ろで種族の特徴上背は小さいが、ブレザーを着こみ、胸が陽光と比肩できるほど大きいうさ耳の生えた、世話の掛かった少女や世界に穴を開けられる唯我独尊兼最強な夜行性ダメットなども。
 無性に弾幕を発生させたくなったのだが、別にかまわないよな?
「何か読んだ〜?」
「――崩呪、逆月の宴」
「………………何やっているの? すごい魔力が渦巻いているんだけど」
「いや、こちらでもできないかと思ったことがあるんだが、意外とできないな……条件でもあるのか?」

 
 
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