第十一話
「異能、発動 後編」

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 普通ならやってはいけないことをやったために起こった魔力の乱気流を鎮め、呼べば本当に来た愚犬に向き直る。
 陽光もまだ普段着のようだ。私が作ったとはいえ、普段着よりも動きにくい正装を四六時中着続けれるほどこの世界の色に染まってはいない。それにはまだ時間が短い。
「こいつらの手当て頼む。死なない程度でいいから」
「わかったけど――――リヒト、右手」
「ん? ――ぁあ、当たっていたか。この程度すぐに治る」
「それでも診るよ。もしかしたら毒が塗ってあるかもしれないしさ」
「可能性は否定できないが……ほとんどの毒が効果ないぞ」
「わかっているよ。でも、心配だから、ね?」
「はぁ、そこで待っているからさっさと終わらせろ」
「うん」
 毒特有の痺れる感じはないので毒はないと思う。長年の経験もそう言っている。まあそれに毒であるならすでに腕を切っているだろう。利き手ではないので使えなくとも不自由はしない。
 また陽光なら後で繋げることも可能であるだろう。レイヴェリックも前より強くなったのでその力を使わせてもらえば完全に元通りとまではいかないまでも繋げることは可能のはずだ。想像できるのだから間違いない。
「次の人、はいないね。よし! 君の番だよ」
「あ? もう終わったのか? いつも以上に速いな」
「いつも以上に頑張ったからね!」
 無駄に張り切っているのは良いことか悪いことか。
 脇目を振って刺客の声帯が治っているのを視認したのち、右腕を差し出す。見ると右腕の二の腕の部分から赤黒い血が流れている。ヘモグロビン、人間の血が赤い理由である鉄分を含む赤血球の量が人よりも多いため、私の血液の色は赤というよりもどちらかというと黒なのだ。赤血球が多い分、血小板や白血球などが少ないというわけではない。全体的にすべて多い。割合だけ見ると非常に健康体のように見えるのだが、濃度を見ると医師は大抵眼科及び脳外科に行く。それから私について非常に調べようにするので身体測定や血液検査は苦手だ。
「結構深いよ。手を抜きすぎた?」
「さあ? そんなことはないと思うぞ」
「ならいいんだけど……とにかくこの針抜くよ? いい?」
「いつでも」
 腕から生えているように深々と刺さっている漆黒の太い針を指し示す。このまま刺さったままでいてもただ不快感、体内に異物を入れられているその異様な感覚を募らせるだけにしか過ぎない。
 また抜かないとどうしようもないのでできる限りさっさと抜くに限る。たとえこの針に何か仕掛けがなされているとしても私に影響を及ぼすようなたぐいであればその制御を乗っ取って無効化することもできる。陽光の眼にはそういった類のものも映るので抜く前に教えてくれるだろう。
 とはいっても陽光の眼は私が聞こえない限り意味がないのと同様に視界に映らない限りその効果を発揮しないので抜いてからわかるのだが――――ズチュリ――――いきなり抜くな。それも勢い良く。
「ごめん、痛かった?」
「いや。右腕の感覚を遮断しているから何も感じない」
「それならよかった」
 水で血を洗い流し、傷口を露わにする。針の方に呪といった細工はされていなさそうだ。なら問題はないだろう。
 もしも見落として何かあるようだったら陰陽道をやっていたころに鍛え上げた呪詛返しを持ってして死なない程度に返してやる。その後満足に生きられるかどうかは別として。
 殺さなければ万事問題無しというのもまた拷問だよな。
「うん。やっぱり少し腱を傷つけているかな。血管は……問題なさそう。少しの間握力が低下すると思うけど、まあリヒトなら問題ないでしょ――はい終わり」
 光属性の治癒魔法で腕の傷を再生していく。治癒だというのに陽光の腕が良すぎるせいでどうにも治癒ではなく再生もしくは修復に見えてしまう。攻撃・治癒・補助の三系統の中で彼女の最も得意とする系統は治癒なので無理もないか。
 そのくせして彼の方は治癒ではない。やはり根本的に二人は違うのだろうな。
 ちなみに私が得意な系統は存在していない。つまりはオールラウンダー。もしくはジェネラリスト。逆に言えば得意な系統が存在していないことになる。
「無駄苦労ありがとう。俺は書庫によるついでにこいつらを牢に叩き込んでくる」
「うん、わかった」
「陽光もシュルスの月は特に刺客が入ってきやすいから気をつけろよ。無理に戦わなくてもいい。危うくなったら助けを呼べ」
 死なれると非常に迷惑だからな。
「わかっているよ。適当にやって撒いているから」
「……遅かったのか……」
 現在形ということはすでに何名かとは会っているということだ。手遅れというわけではないが、一体どれだけの害虫その他大勢がこの城にはいりこんでいるのだろうか。そろそろ一斉に掃除するかもしれない。
「じゃあまたね。僕はエルに呼ばれているから行かなくちゃ」
「おー、行ってこいや」
 風の鎖で捕まえた刺客の五人を繋いで廊下を引きずる。そろそろ牢獄が満員になりそうな気がするのだが、大丈夫なのだろうか。いや大丈夫なのだろう。
 意外とこの城には様々なしかけ、納得のいかない改造が施されているため、牢獄が満員にならない仕掛けがなされていても何ら不思議ではない。むしろ満員になる方が何やっていたのか不思議になるほど。
「ドナドナドナ〜ドナ〜」
 何となく脳裏に浮かんだ曲を口ずさみながら階段を下りる。
 刺客連中は重いので投げ落しましたが何か? 当たり所は問題ないように工夫しているので重傷にはなりませんよ。それは、骨の三本や五本諦めてもらわないといけませんが。
 それから荷物をこんな時も働いている仕事イコール生甲斐というより趣味としか言いようのない牢番に預け、書庫の方に向かった。
 こんな時期にも書庫にこもる人なんてまずいないため非常に静かで有意義な一時を過ごせたと思う。
 祝賀会まで残り三十分となった。
 そろそろ準備して会場に足を運んだほうが良いだろう。一旦自室に戻って正装に着替えてから会場、城の中でももっとも優美で広い会場に向かう。優美だなんだと言いながらもそこは増築された個所であるため元からあるところに比べて装飾が過度と思うのは私と陽光その他まともな感性を持つ人握りだけだろう。
 人はどうして金があると消費したがり、また大量に金を欲するのであろうか。うん、理解したくもないな。


 
 
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