第十一話
「異能、発動 後編」

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 避けることのできない事象を人は何というのだったか。宿命だったか、運命だったか。どちらにせよ本人にとってろくでもないときにその言葉を使うというのであれば、今の私の心境ではそれを使うことが許されているだろう。

 祝賀会二日目が今――幕を開けた。

 別に開けなくても良いのだけどな。新年を祝う必要性なんて私は感じていない。何時でもただ同じ時が流れて行くだけだから。変化なんてみじんもないのだから。
 そんなことを唯一人が唱えたところで何の変化もなく、不特定多数の意見と長年の恒例が通ってしまうのがこの世の道理。なんだかんだといって既に諦めはついている。
 可能な限り実用性と機動性を追い求め、それでいて場の雰囲気を壊さない程度に装飾をした正装を着こんだ私は一足先に祝賀会会場に足を運び、二足先に酒を飲んでいる。で、三足先に終わりを望んでいる。
 もちろん特別執務官エッジとしての祝辞なんてものは蹴ったので、今ここにはリヒトとして存在している。エッジにせよリヒトにせよ普段は裏方に回っている上、認識阻害の結界を薄く張っているため今のところは誰にも私の存在を悟られておらず、ゆっくり壁際できている各国重鎮を眺めている。
 今ここでテロでも起こせばかなり効果的だな。特にレーヴェ国が滅ぶことを望んでいる方たちにとっては。やるとすれば、爆破……は目立ちすぎるからワインに毒でも混ぜるか。遅効性のが良いな。即死性だと多くの人が飲まない。だが、私にはばれてしまう事を考えると、ふむ、ランダムにいくか。
「――全く、誰がしているのかと思えばあなたね」
「レイ……ああそうか。魔法の気配でか」
「そうよ。普通こんな式場で魔法なんて使わないわ。そんなにもこれが嫌なの? かくいう私も好きになれないけど」
「似たようなものだよ。こういうふうに、賑やかなのは昔から好きじゃないんだ」
「……言っている割には慣れているように見えるわよ」
「好きじゃないだけで、苦手というわけではない。そりゃ数えるのも飽きるほど巻き込まれたら誰でも慣れるだろうが」
「あはは、そうね」
 グラスを傾け、甘い匂いのする液体をのどに流し込む。こんな下らないイベントなど酒なしでやっていけるわけがないだろうが。今更になって良いがすぐに覚めてしまう自分の薬物耐性が憎らしい。もしも酔えたら、きっとあとで後悔することをやらかしてしまうのだろうな。そして起きるとすっきりしていると。いいねそれ。
 見るとすでに祝賀会の始まりは終わっており、会場の至る所で踊っている組がいる。また踊らずにいる人の中には、読唇術を使用したところ、何やら黒い話をしている。さすがにここで直接的なことはしていないようだが、どうせ後で――部屋に戻ってからでも本腰入れてするのだろう。今は前戯といったところか。私は王でも絶対権力者でもないのでここは無視する。
 別に、何でもかんでも縛るというむちゃくちゃなことをするほど人格も破たんしているわけでも、法律に従えといっているわけでもない。
 ただ私及び近しい者に迷惑をかけようとするのなら、その時は血も涙も情け容赦もなく、血縁関係から友人に至るまで、縁の薄い濃いに関わらず後悔させてやるだけだ。それでもよいのなら迷わず前に進むがよい。迷わず、後悔せずに。
「それはそうと、その手は何だ?」
「ダンスを、してくれませんか?」
「………………」
「…………」
 むう、酔わないと思っていたのに意外と本格的に酔っているようだ。今明らかにあり得ないことが聞こえたぞ。
「すまない。幻聴が聞こえたようだ。もう一度言ってくれないか?」
「ですから、暇ならダンスの相手をしてくれませんか?」
 OK、世界は私を裏切った。もしくは世界が私を裏切った。
 それは今更として、どうして今さら花も恥じらう乙女のふりしてダンスの相手に誘う? 別にレイヴェリックの年齢を考えれば不思議というわけでもないのだが、よりにもよって私なのだろうか?
「何故俺なんだ?」
「丁度良く暇そうで、リヒトならあそこの人たちみたいな目で私を見ないでしょ」
「OK把握した。俺は都合よい虫よけか」
「あなたもわけのわからない娘に誘われるのは嫌でしょう?」
「聞くほどの価値すらないな、その問いに」
「ならあなたにとっても得があると思うけど?」
 そう言われれば…………て、いつの間にか結界が解除されている。おかげで私の存在は周りの人の目につくことになっている。さらに宮廷魔術師にして風の噂では絶世の美女らしいレイヴェリックがここにいるせいで注目も集まっているし。
「生憎、その得を俺は必要としていない。だから遠慮しよう。別の人を探せ」
「ハァ、仕方ないわね」
 無理に押さないあたりは嫌いじゃないぞ。まあその時は外套の下に隠している何かが問題を引き起こすだけだが。アークの方はまだ整備中、というより材料がないために整備ができず、そのため使用不可状態である。だから外套の裏に隠しているのは別の何か。
 八凪は入り口で引っ掛かる懸念を消せず、また見つかった時問題になるので持ってきていない。故に八凪でもない。まあそれはともかくとして、何にしても私の作ったもの持つものがただで終わらしてくれるものではない。
「隣にいても良い?」
「それは――――構わない」
 何やら微妙な殺気を送ってくる周囲の面々にあえて殺意を込めた視線を送っておいた。するとまるで元からいなかったかのように気配を消しやがった。小動物かお前ら。いや小動物の方がまだ利口だ。彼らは本能で相手の力量を判断できるのだから。
「時にレイよ」
「ん? 何かしら?」
「今ここで祝賀会を開いているのは良いとして、あいつらって仕事の方は問題なかったのか?」
 前方にいる仕事をしない、もしくはしても効率が悪すぎることで私の中で有名になっている文官。また軍事費寄こせとうるさい割に何もしていない武官の群れ、もしくは塊り。ちょっと壊したいのは間違いなんかじゃない。この思いが間違いであっていいはずが無い。
「ここにいる前にさっさと仕事を終わらさないとまずいと考えているのだが」
「…………今日は無礼講らしいわよ……」
「誰がそんなたぁのしいこと決めてくれたのかな? かな?」
「あそこの王。ですから私は無関係」
 スケープゴート。自身第一のその考え方、私は嫌いじゃないよ。
「OK捕捉した。後で泣かしてやろう」
「哀れ王フェイタル」
「ハッ、自業自得だ」
 向こうの方で酒を飲み、料理を喰らっている獲物が震えたが、もう遅い。逃げてもろくな価値にならない。
 とりあえず今夜から悪夢を見続けさせてやるか。衰弱死させないように注意しないといけないな。当然の如く私も徹夜になるのだが、戦場で培った忍耐力をなめるなよ。
 二週間不眠で戦闘し続けるなんて苦にもならず。戦場では気を抜くとすぐに撃たれて死ぬからな。狙撃手と少年兵には気をつけて、衛生兵から重点的にヤっていったよ。周りに仲間もいないから結構きつかったのを良く覚えている。
 あ、なんだか鼻の奥に懐かしい硝煙と血の臭いが――――

 
 
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