第十一話
「異能、発動 後編」

<11>



 そんな黒歴史というか黒い過去というか、とにかく後ろめたさも何も感じないことを思い出しながら酒を飲む。
 現在時刻はまだ午後七時。形式上八時までいないといけないことを思うと心苦しい。頼むからさっさと帰らせてくれ。
「あ、いた〜」
「コウ…………なぁ、お前の後方でたむろっている物体は何だ?」
「えっとねぇ……何かダンスの相手してくれって申し込んでいる人たち?」
「疑問形でこたえる意味がわからないが、とりあえず無視しよう」
「OK。それよりさ君。お酒ばかり飲んでいたら体に悪いよ?」
「必要最低限の栄養分は既に補給済みだ。それに、俺がああいう脂っこくて味が良く分からない料理は嫌いだということをお前はわかっているだろう? あのような料理の方も体に悪いことだって理解しているはずだ」
「まあそれは、そうなんだけどね……」
 頬をかいて苦笑いする。そんな彼女が着ている正装はというと当然私が作ったものだ。基本的な色は白、純白。詰まるところの穢れなき色。動きやすさも追求しているため、スカートの部分は着脱可能。スカートの中にはハーフズボンを穿かせている。世の中何が起こるかわからないのでその程度の予想は立てておいても損はない。
 またマーメイドスタイルのドレスであるとその半ズボンの方が浮き上がってしまうので、悔しいがここはこの世界で一般的なドレスに近くした。宝石の類は当然のように極力省き、彼女の魔法を阻害しないようにしている。それでいて可能な限りの防御をつけているのだから面倒だった。
 数少ない宝石の中でも一番大きな宝石はやはり胸元で光り輝くガーネットだろう。大きさでいえば長径約4cm、短径2cmの楕円形。もちろん刻印を済ませている。おかげでその存在感はむしろ他の宝石などそこらの石にしかすぎんよと聞こえるほどだ。
「ところで、着心地はどうだ?」
「悪くないよ。ただ、やっぱりいつものよりも重いから動きにくいし、着なれていないから居心地が良くないな」
「そのぐらい我慢しろ。今後どれだけこれと似たようなことがあると教えられたんだ貴様は?」
「えっと…………嫌になるほどたくさんです……」
「なら今のうちに慣れておけ。さもなければ――今後恥をかくことになるぞ」
 私には関係ないので気にするわけがない。この程度のことすらどうにもできないのであれば先が思いやられるのでな。そうしてただこのバカになりたくなるほど賑やかな喧騒を眺めていた。
「――……何か用か?」
「用ってほどじゃないんだけど…………リヒト。僕に何か隠していない?」
 ああ、そんなものならいくらでもあるさ。だが、彼女の言う隠し事というのは彼女以外の不特定多数が死ぬようなことになる隠し事だろう。それなら、思い当たるのはここ最近に起こったあの一件だけだ。
「――何故そう思うんだ?」
「理由はない。けど、そんな気がしたから」
「ふぅ……どうせ話しても俺たちではどうしようもない。全ては因果応報、彼らはそれを受けるだけのことをしでかしたのだから当然その罪を負うべきだ。
 裁きを受けない罪はあれども、裁きを受けないことを許された罪はない。だから俺は何もしない。お前も何もするな。それでよいなら、話そう」
「うん、それでいい。知らないよりずっといい」
「…………はぁ、どうしてお前はそうも……。まあらしいといえばらしいか。向こうの方を良く見てみろ。お前ならそれだけでわかるはずだ」
「わかった……」
 私がさした方向はやはり喧騒の中。ただしその方向にはある人たちがいる。あの下らない事件を発生させた、破ってはならない役を破った咎人が存在している。
 おかげで先ほどから私の気分は非常に優れない。周りがやれとうるさいが、それをやるのはあくまでお前たちだと返しているのに周りの奴らはやれとほざく。私がやったところで気は晴れないと自覚しているのだろうに。
 全く、感度が良すぎるというのもまた面倒なことだ。
「――何これ? ねぇ、どうしてこんなことになっているの? リヒトならわかっているんでしょ?ねぇったら!?」
「俺が言えることはただ一つ。お前の知った通りのことだということだ」
「そ、んな……何で、こんなことに……」
「あきらめろ。これは俺たちが来る前から始まっていたこと。お前の罪でも、俺の業でもない。あいつらの咎だ。
 故に裁かれるのはあいつら。さぁ、すでに判決は下された。抗うのは自由だ。逆らうのは許されている。
 生き残るかどうかは、貴様ら次第だぞ? ファーレンの罪人たちよ」
 虚空に溶ける言葉は何の意味も持たず、ただただ告げられた。
「とりあえずアレだ。お前ら少なくともこの地ではするな。俺に迷惑がかかるから。その場合は、全力を持って止めさせていただこう」
 見えない誰かに宣告する。それはしっかりと伝わったようで、この場の空気が少しだけ涼しくなった。告げた先にいる者たちは火の精霊。私には見ることのできない者たち。されど彼らの思いは、声はしっかりと私の心に響いている。そのせいもあって非常に機嫌が悪い。
「今火の攻撃系統を使ったら威力が高いだろうなぁ……」
「冗談じゃ済まないほど高くなるだろうね。僕たちは精霊に愛されすぎているから冗談で済ませれるわけがないよ」
「というわけで当分の間火属性は禁止だ」
「わかった」
 火山や火災、砂漠、夏季などといった火にまつわる自然の近く、もしくは火を司る神や自然霊を祭る何かの近くで火属性の魔法を使うとその威力は高くなり、また反属性である水の魔法は威力が弱まる。これはその場にいる精霊の密度によるものだ。同様に、雪山や海、冬季では水属性が……て、これ以前に説明したような。まあいいか。
「注意するのはだめ?」
「するだけ無駄。あいつらは自分たちの咎を忘れさせられているから」
「あぅう……」
「お前の優しさは美しいが、誰にも彼にも優しいのは問題だよな……」
 時計を見ると現在時刻は7時15分。まだあと45分もここに拘束させられるのか。面倒だよな。
「――て、待て陽光。お前何普通に酒を飲もうとしているんだ?」
「え? 場の雰囲気的に?」
「やめろバカ。お前の酒癖で被害にあうのはいつも俺なんだぞ。どれだけ苦労していると思っているんだ?」
「えー、そんなにも飲んだことないよ〜?」
「それはお前が覚えていないだけだ!」
 はぁ、全く世話かかる。

 
 
←Back / 目次 / Next→