第十一話
「異能、発動 後編」

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 場の雰囲気というわけのわからない者に流されて酒という名の禁断の果実に手を伸ばす陽光から果実を取り上げ続ける。
 五分ほどそのような無駄とは想えない徒労を消費していた時、空いている窓から一羽の鳥が入ってきた。それは他の人には悟られないように静かに飛び、旋回しつつ私の元にとまった。
「――……手紙、か」
 生憎この時この場に手紙を送られるような筋合を持った覚えはあることにはあるが、そんな殊勝な心がけと私の性質を知っている人を持った覚えは……ある。
 それはともかくとして、何はともあれ開けてみよう。中身の分からないパンドラの箱なので中に災厄・不幸・幸運の何れが入っているのかわからない。ただどれにしても私にとってこの状況に終わりをもたらしてくれる存在なら幸運になる。
「ところでシェリア様。あそこにいるリヒトとの決闘はどうなったのですか?」
「あ、まだでしたね。丁度良い。今申し込んでおきましょうか」
 おま、あまりの痛みに記憶が飛んだのか。何という迷惑。それより手紙の送り主、アルフェードよ。当然のことながらこの状況を打破する何かを提供してくれているのだろうな?
「失礼、少しよろしいですか?」
「生憎そんな暇はない。別の時を当たってくれ」
 手紙を読んで行くとどうやら別の場所で開かれている非常識人たちの新年祝賀会――しかも開催日は三日前――に来ないかと招待する内容だ。まあ全員が全員どこかしら非常識人だから別に不思議ではないし、不可能ではないのだが、三日前からずっと酒飲み続けるなんて酒の量からして普通だと思う。いやあの宴会好きズがいたら問題ないか。ありとあらゆる全ての面で。
「なら――」
「急用ができたので俺は行かなければならなくなった。ではそう言うことで」
 古の偉人は言う。"三十六計逃げるに如かず""逃げた者が勝ち"と。私もそれに従おうではないか。面倒事をこれ以上増やさないためにも。
 そう思った矢先に身体強化を自分に施し、開いている窓から脱出を。
「あ、リヒトどこ行くのぉ?」
 試みたところ、窓に手がかかった時に若干顔が赤いような気がする陽光に捕まりました。
「――――お前ら!!」
「…………」
「………………」
 会場の中心の方を睨むと目をそらす人間が若干数。私があれほど酒を飲ますなと言ったのに。
 この世界では二十歳になるまで飲酒が認められないなんて言うことはない。ホットワインは普通に五歳児でも飲めるところは飲ましている。普通に酒を飲むのは個人の良識に頼っている部分が多いため、大概十二歳になるまでに一度は本格的に酒を飲んでいる。
 まあ日本みたいに法律でちゃんと縛るなんて言うことをするにはどうしても警察等の司法機関の人員数が足りない。また法律を作っても庶民に行き渡らせるまで長い時間がかかるなどといった物理的な問題のせいで犯罪以外に対する法律が緩くならざるを得ない。
 だから、飲むのは別に問題ないといっても。
「お前ら飲んでも問題ない奴と問題がありすぎる奴がいることぐらい理解しているだろうが!」
「とっても飲みたそうだったので、つい」
「あまりに可愛らしく求められたので、つい」
「OKそこまで自殺願望があるなら仕方ない。何も月夜だけと思うなよ?」
 周囲に被害が及ばないように陽光を庭に蹴り飛ばし、私も続いて庭に出る。陽光が酒を飲むと何がまずいって、何もかもがまずいんだ。
 別に絡み上戸や笑い上戸、泣き上戸ならまだ可愛げがあった。だというのに彼女の場合は戦い上戸というわけのわからない酒癖を持っているから。
 しかも死の手前までこちらを追い込まないと気が済まないという痛い設定付き。
「あはは、何かふわふわするぅ」
「そのまま地獄まで堕ちろアホウ」
「地獄ぅ? ……地獄かぁ……一緒に行ってみよぉ? この世全ての苦痛がある場所」
「はっ、俺にとってみれば今という現状が十分地獄だよ。殺すに殺し切れない、生きるに生き切れない、動くに動き切れない、この生半可な状況を、下らない状況を地獄といわずして何という?」
「さぁ? 僕は知らないよぉ」
 アークはここで使わない。切り札と呼べる存在を今多くの人に見せびらかすのは割に合わない。故にアークの代わりに八凪を呼び寄せ、構える。形状は脇差しから標準より少し長いに本当に変更済みだ。
 対峙する陽光も同様に魔力を結集して一本の剣を生み出している。魔力で生み出しているため撲殺から斬殺、絞殺に至るまで自由自在の武器となっている。
 人のことを言える立場にあると思えないが、そんな卑怯武器とまともに打ち合うためにはこちらも――
「――疑似融合開始――回路起動――魔力、臨界突破」
 限界まで精製・圧縮した魔力を八凪に纏わせ、自身もまた纏う。
 陽光の卑怯スペック――魔力の保有理論限界値を軽々しく超越した恐るべき魔力量、ありとあらゆる才能の保持可能、特殊スキル天の幸運などなど。一つでもあればそれだけで英雄とまではいかなくとも有名人になれるだろう才能の数々を保有できるという卑怯スペックの前ではこちらも長期戦闘より短期で片をつける方が望ましい。
「にゃはは、いっくよぉ」
 酒のせいで閉まらない掛け声と共に打ち込んでくる。私はそれを魔力制御によって発生させた魔力の急流によって受け流す。
 保有武器が日本刀なのでまともな打ち合いができないのも理由の一つではあるが、何よりあんな攻撃受けて原型とどめていられるか正直疑問。
「――大人しく、寝ていろ!」
「やだよぉ。だってこんなにも楽しいもん」
 一撃一撃が地面にクレーターを刻む程って一体どれだけ肉体強化を行っているのですかあなた。しかもその潤沢な魔力を使った魔力放出によってふざけた加速を得ている上、魔法を使っても分厚い魔力障壁によって効果がない。

――ギンガキンキンキィンキンキンガキン!
 二合、三合、五合、十合――

 刀と剣を打ち合わせるたびに私の体に切り傷が生まれ、彼女の服が破けて行く。斬ったところから治っていくのでそう言うふうに見えるだけだ。私の賦活能力も高いが、今の彼女ほど馬鹿げているものではない。
「あは、ははは――!!」
「ああ、本当に面倒臭い!」
 楔形をした弾が規則性を持った軌道を描いて陽光に襲いかかる。その大半が全く見当違いな方向に向かっているが、それは逃げ道をふさぐための弾。
 一発一発の威力はそれほど高くないが、量が多いために喰らうと終わるということがわかっているためか、お酒に酔って色々とリミッターが壊れている彼女はぎりぎりで避けて行く。
 その服着ているなら避ける必要ないのですが。

 
 
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