第十一話
「異能、発動 後編」

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 城壁に沿って空中にも存在する障壁を軽々しく無視し、満月が浮かぶ夜空を滑る。
 その光景は外から見たら飛んでいるように観えるが、これは事前に敷いているレールの上を走っているようなものなので空を飛ぶほどの機動性は存在していない。もちろん路線変更は出来るが、路線変更している間の私は余りに無防備だ。
 まあ魔力消費量が飛行よりも低いので使い勝手は良い。
「…………あそこか」
 近くにある森に入り、気づいたら存在していた濃霧を抜けた先にある大樹の上。そこに設置された盆のような円卓の上で今もお祭り騒ぎが続いているのを視認した。
 ここはかなりの上空であると言うのに意外と空気が濃い。きっと精霊や妖精が仕事をしているのだろう。もしくはさせているのか。まあどちらでもいいがな。あそこにいるのは世間一般にいるような感謝もしない人たちじゃないから精霊たちも嫌ではないだろう。
「すまない。遅くなった」
「や、リヒト。とりあえず駆けつけ三杯いっとけ」
「了解……ふむ、良い酒だな。今年の物の中でも上位じゃないのか?」
「あ、わかる? 実りが悪かった分収穫できたのは粒ぞろいで結構良質のが出来たそうだよ。二十年後が楽しみで仕方が無いよ」
 血のように赤いワインを月光にかざし、三杯とは言わずに五杯もらっておくのはこの地の礼儀。同時に造っているだろうブランデーにも期待が高まる。
 この世界では珍しくも無いが、それほど数があるわけでもない多国籍企業の中でも最も財力及び権力が強い結社"アルスメギストス"で諜報部部長兼喫茶店のオーナー、アルフェードの同僚であるホテル等の宿泊施設を管理及び運営している接客部部長から後で分けてもらおう。
 一応言っておくが、私はまだアルスメギストスの頭領にあった事は無い。意外とガードが固くて未だに名前しかわかっていないんだ。アルフェードも似たようなもの。
「リヒトぉ!! この前はよくもお酒だけ奪って追い出してくれたね!」
「……お前、何と言う自殺行為を……。昔から思うんだけど、お前自重しろ」
「私のお酒を返せぇぇぇえええ!!!」
 空腹の刑で苦しんでいたときに押しかけてきたアホウが視界の端に写っている。あの人の攻撃力は酒が絡むと通常の五倍になるらしい。その真偽は不明だが、威圧感はいつも以上であるのは間違いない。兎に角、今言えることはこの一言のみ。
「――――美味しかったぞ」
「うがぁぁぁあああ!!!」
「自殺志願もここに極まれり」
「生憎この場合俺が殺されても他殺にしかならないと思うんだが、その辺りは如何なっている?」
「だが、その原因は全てお前にあるだろう?」
「過程はあいつだ。自殺と他殺の違いは原因ではなく、過程にある。殺されたと言う結果でも、殺される原因でも無いんだよ」
「まあ、それはそうなんだが……て、お前やけに落ち着いているな。何で? 対策でもあるのか?」
「まあな。こんなところにあいつがいるのは既にわかりきっていることだから、手は打ってから来るのは当然だろう?」
 無駄に長いコートの中に手を入れ、あるものを取り出す。
 それは琥珀色に近い蜂蜜色をした少しだけ粘性のある液体。酒豪にとっては同じ量の十倍の体積に匹敵する金と同じ価値が存在すると言われるほど希少な――――精霊酒。
 作り方はかなり精霊に手伝ってもらわないと作れないとされるが、別に私と陽光の好感度に加えて陽光とレイヴェリックの魔力量とその質、私の精製技術を持ってすれば作れないことは無いのさ。
「――おすわり、お手」
「ワン!」
 そう入っても大量生産は出来ず、現在出来ているのは750mlの小瓶一つ分。それでもかなり希少。まあこんな酒、精霊が作ること自体めったに無いし、作れたとしてもあいつら即時消費するものだから手に入ること自体まず無い。
 生産者の消費量舐めるなよ。作った端から食っていこうとするあいつらを封印術で無理やりやめさせる私にぶつける恨み辛みその他諸々に圧殺されるところだったよ。
 まあその苦労もあってこの酒豪もすぐに犬のように……どう見ても犬です。恥も外聞も世間体も感じられません。
「ふぅ…………取って来ぉいぃ!!」
「アォォォオオオン!!」
 その酒を力の限り外に向かって放り投げる。木の下に落ちたけど、別に問題ないよな。世の酒を飲み干すまで死なないと豪語しているから、別に問題ないのだろう。そう信じよう。
「害獣駆除完了」
「良くやった。まあ取り合えず飲め。話はそれから聞こうじゃないか」
「うむ、そうしよう。俺も今日は飲みたい気分だ」
 アルコール濃度50は有るだろうブランデーをもらう。明らかに百二十年は経ったものだということはあえて突っ込まない。ここに存在する人たちはすべからくどこかに秘蔵の酒を保存しているような人たちで、こういったお祭り騒ぎに乗じてそれの味比べをしているのだから、別に貴重すぎてプライスレスな食材があっても不思議じゃない。
「はぁ、俺も精霊酒飲みたかったなぁ……」
「アレ尋常じゃないほど甘かったが、それでも良いのか? お前基本的に辛党だっただろう?」
「いいんだよ別に。ただ俺が飲みたかっただけなんだから」
「そんなものか。確かこのあたりに……あった。予備で500mlほど小分けして持ってきておいたんだ。飲みたいのなら飲めばいい。俺の口には余りにあっていないから別に要らない」
 精霊酒、それは精霊の力によって純化され、さらに液化するほど圧縮した魔力をこれでもかと言うほど精製した魔力酒のことである。飲めば飲んだ分だけの魔力が回復できるが、普通の人なら間違いなく酔ってしまう酒としても有名。その味は素材となった人の魔力によって代わる。
 ちなみに陽光の場合、信じられないほど甘い。けど後味はすっきりしているため、どれだけ飲んでも気にならない。とりあえず、急性アルコール中毒には注意しよう。
「リヒト、お前って奴は。好きだー! 愛しているー!」
「そう思うんだったら代価よこせ」
「………………」
 何ともいえない残念な表情になった人がいるのだが、私はそんなにも風変わりなことを言っただろうか? 当然のこと以外行った覚えが無いのだが。
「気にするな。あいつはそんな存在なんだよ……」
「そう、今に始まったことじゃないんだ……」
「とりあえず、飲もう」
 別にどうでも良いけど、かなり辛気臭い雰囲気を放つ野郎の塊りが一つ、形成されているのは気分的に見ていて良い者じゃない。やるのだったらバーで葉巻の煙燻らせてグラスを傾ける背中が似合う渋さぐらい醸し出してからやれよ、若造。
 て、私の方が肉体年齢幼いのか。
「そこの塩とって」
「最初から塩って……しかも飲んでいるのは日本酒だし……」
 城では味醂のようなものはあっても日本酒は無いのです。だから貴重。飲めるときには飲んでおきましょうよ。

 
 
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