第十一話
「異能、発動 後編」

<後日談>



――私が行った後もさらに四日続いた宴の後。
 久しぶりに城へと戻った私は政務を行うことすら出来なかった。別にそれは周りのせいではない。明らかに自分のせいである。
「――まさか……この俺が二日酔いになるとは……」
 確かに私は酔いにくい。むしろ酔えるのかというほど酔わない。だがそれは飲んでいる間、表だって意識の混濁や著しい判断力の低下が存在していないだけで、見も聞きも知らない誰かの腹の中に忘れてきただけで、決してアルコールを摂取していないわけでも、ましてや急速に分解しているわけでもない。
 そのため昼夜忘れて宴に没頭し、量を省みずに湯水のように飲むとどうなるか? やってみるといい。普通に二日酔いになるから。まあ二日酔い程度で済んでいるのならまだ良い。本格的になると一週間頭痛にさいなまれ続けることになるから。
「はい、お粥。全く、人には酒飲むなって言っといて自分は二日酔いになるって何様のつもり? 少しは自分の体調を省みようよ。そして仕事しないと。周りが迷惑しているよ」
「ん、ありがたく。いつも迷惑かけられているんだ。別に今回ぐらい迷惑かけてもいいだろ?
 それと、俺がお前に飲酒禁止の命を出すのは、一重に貴様が酒飲むと手に負えない状況が生まれるからだ。まずその体質から改善しろ。そうすれば別に飲んだって構わない」
「だからー、僕は飲んだこと無いからわからないって」
 都合よく記憶に残らないってすごく迷惑になるよね? まあいいさ。既にそんなことは諦めている。どうせ治せないものないだと達観している。だから、悔しくなんて無い。
「それより、お前鍛錬の方は?」
「? ちゃんとこなしたよ。当たり前じゃん」
 ふむ。あの量を短時間でこなせるようになるとは、そろそろ訓練メニューの組み換えが必要だな。ついでに段階を一つ上げるか。
 私が想定した成長速度よりも若干速いのは好都合だ。なら予定の繰上げが可能となる。
 訓練終了時期の見直しに当たって卒業課題も変更しようか。当初は単独で幻想種を見つけ出し、屠って来いにしようと思っていたのだが、時期的に別の物だってある。
 旅の途中、敵は何も魔獣や魔物だけでは無い。人だって時として敵になる。陽光は人と戦うことが嫌うのでどちらかというと魔物を屠るよりも人と戦うことに慣らしておいたほうが良いかもしれない。
 急に人と戦うことになった時、使えないのでは私が困る。主に一人にすることが不可能という意味で。
「……お粥というより、これはリゾットだな」
「だっけ? 腹持ちもいいものって言われたから適当に作ってみたんだよ。駄目だった?」
「別に構わない」
 おいしくて消化によければ何でも。別に私はとある最終究極不殺兵器を一度食べたことがあるのでどんなに不味い物でも不味いだけなら食べられるという強靭な精神を持っている。
 うん、味覚が口に入れた存在を不味いと知覚できるだけまだいいんだ。それだけならまだ問題ないんだ。世界にはな、正直何時口に入れたのか思い出すことが出来ないほどのものだって、見ただけで食ったことが無いのに恐怖させられる存在だってあるんだ。
 だから、口に入れて、飲み込めて、倒れないだけまだましなんだ。食べ物的に。
「コウは今日どうするんだ? 鍛錬が終わったというのなら暇なんだろ?」
「うーん、それなんだけどさ、特に予定は無いんだよね。エルはなんだか古代語の課題のせいで部屋で泣いていたし、ルージュは実家の方に帰っているし。将軍家の皆もルージュと同じ。レイは仕事で忙しそうで、リヒトはこれでしょ。だから別に無いんだよ」
「それなら……使いを頼めるか?」
「どこまで?」
「下町まで。何、本を一冊受け取ってきてほしいだけだ」
「いいよ。暇だし、ほかにやる事なんて無いから。場所はどこ?」
「あー……地図に書くのは面倒だしな……とりあえず迷え。そうすれば見つかるはず。別に受け取りは今日じゃなくても構わないんだから、着かなくてもいいぞ。
 ああ、それとこれ。小遣い。ま、久しぶりの下町、存分に楽しんで来い」
「うん! それじゃ行ってきます!」
「窓から行くなよ――」
「へ? ――ギャン!」

――バチン!

「――この城全体に障壁張ってあるから。て遅かったか」
 部屋の窓から雷に打たれて落ちていく陽光を十分に観察した後、窓を閉める。私の場合は精霊に頼んで無視させてもらっている。だが、それだけでは足りないので式も使っている。この方法を使うとどこへでもいけるというのだから恐ろしい。
 ただ使いすぎはある現象のせいで危険なのでそんなにも乱発はしない。私だって出来る限りは出入り口から出入りしている。ただし抜け道や隠し通路の。そこまで障壁を張るわけには行かないからな。
 ベッドの近くにある本棚から適当に一冊取り出す。
 今日はとことん仕事をサボることにしました。別に二日酔いだからといってまともに仕事が出来ないわけじゃないが、私に頼りきった政治はさすがに拙いのでたまにはいいかと思っている。
「…………」
 魔力制御を鍛えるときに使う初歩的な物体操作で紅茶を淹れるのは今となってはお手の物。これ以外の方法で淹れるとなると精霊でも召還するしかないのだが、紅茶を淹れるのが上手い精霊なんて生憎知らない。むしろ知っている奴の方が不思議。
「……むぅ、失敗だな」
 本屋を巡って適当に買いあさってみた本なのだが、どうやらはずれなようだ。碌なことが書いていない。妄想と幻想と空想を織り交ぜて、思いついたことに虚偽と可能性を織り交ぜた、事実無根のことを綴った本だ。大概の本を内容見ずに題名見ずにろくに眺めずに買うのでこのようなことは良くある。
「よし、読破完了」
 それでも一通り読むのが私の信条。きっと譲らない。娯楽においてもこれは適用される。
 そのおかげでどれだけ死亡フラグという世界の無情を回避できたことか。少なくとも百は下らないかと。回避できなかったものは全力でへし折って言ったよ。できなければ死んでしまうから。
「と、できたな…………うわ、苦」
 さらに同時並行で作り上げた酔い止めの薬も飲み下す。どうあっても薬は苦くなるのだが、レイヴェリックが作るものよりも数倍マシ。あんなのは摂取しなければ死ぬ以外の場合飲みたく無い。そのぐらい、苦いのです。

 
 
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