第十二話
「殺せなくとも」

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 話しても埒がないと理解した途端に作り出すあたり、私もなかなか懲りない人である。
「はぁ、研磨して点検、加工に付加……と。三徹は難いか」
「あんたの気力にオレが泣いた!」
「鍛冶場を汚すな阿呆!」

――――ガィン!

 見事に頭部に命中したのだが、問題ないのか? 死にそうになったら陽光に頼もう。死体の処理は何かと面倒なんだ。前世よりかは情報の処理がなくていいんだが、それでもやはり面倒なものは面倒でしかない。楽しいわけがない。
「…………ハイ……」
 錆止めはミスリルだから問題ないとして、試射と調整を加えると五徹はいきそうだ。合計すると一体何徹になるのやら、そろそろ私の精神力も底をつくかもしれない。
「後で矢も作ろうかな……?」
 思っている通りのものができたなら、矢も打てるという弓になる。つまり矢を必要としない。だが素材が意外と余っており、かつ現在設備の整った工房にいる。
 実のところ、魔法金属類を掘り当てすぎたんだ、私たち。売ってもかまわないんだが、やはりなんとなくもったいない気がする。だけどそこまでするとなると、本当に倒れてしまう。確定事項。
 それから時を進めて約一日半。削っては磨いて拭いて、細部を調整してバランスをとり、装飾を持ってしっくりくる重さを追求することに格闘し続けた。もちろんその間は一切寝ていない。だが、途中陽光が差し入れとして片手で食べられる物を持ってきてくれたため最も危惧していた食わずということにはなっていない。本来なら普通に飲まず食わずでやり続けていたことだろう。それと比べるとかなりましだ。とりあえず一日半という時間をかけたおかげで弓は納得のいく段階にまで持っていくことができた。
 それが先日のこと。現在はあの万能彫刻刀を取り出し、刻印を施している。これが一番時間と精神を取られるのだが、こんなものを最初や中間に持ち込むと後々の調整、刻印が痛まないように加工するのがそれ以上に面倒になるので、気力および体力に問題があるとわかっていてもどうしても最後に回さざるを得ない。
 今日で既に四徹なので魔力回復量も芳しくなく、具体的に言うと普段の20分の1にまで落ち込んでいるので、個人的にはさっさと終わらせて時間を考えずに寝たい。このあたり、人として間違っていないと思う。
 陽光が鍛えていた緋色金のほうはというと。現在は月光にあてて内部に残っている熱を中和している。彼女の魔力を吸い出し、純化して圧縮加熱した炉で柔らかくして鍛えたあの剣は緋色金の特性もあって中々内部に残っている魔力と熱を抜けさせない。それらがあると装飾等の加工ができず、今後の動作が一切できないのでさっさと抜けてほしいのだが、どうしても鎮静の効果があるといわれる月光の魔力以外で熱を取り、魔力を中和することができない。そのため時間をかけてゆっくりとやっている。ちなみに日光に当てると逆効果なので日の出前には仕舞え。私にやらせるな。
「――――ふぅ……」
 コトリ、と彫刻刀を机に置く。弓を磨きながら閃いた矢の部品を作っていた。実を言うと弓のほうはすでに完成の一歩手前までいっている。もう磨きに磨きすぎて大理石に見えるぐらい。反省はしている。後悔はしない。
 あとは魔石を用いた装飾と最後の仕上げ、それに銘打ち。ああ、仕舞うための鞘か剣?帯と弓を持つための手袋も作らないと。仕事が増えた。
「………………」
 月光を反射している緋色金の剣を見て口元が緩み始めているのを自覚する。あんなところに無防備に放置するということは、つまりそういうことなんだろう? 別に徹底的に好き勝手に手を加えてしまってもかまわないということに違いない。少なくともするなと言われた試しも覚えもない。ならば良し。
「やろう」
 思い立ったが即実行。態々聞いて止められてもそれはそれで私の気がおさまらない。間違った欲望が不完全燃焼でくすぶり続けてしまう。止められる前に、誰も起きていないうちにい終わらせてしまおうと近くに置いている火蜥蜴の手袋をつける。アレまだ温度が高くて、素手で持つとやけどするどころか炭化してしまうから。風呂の水を一瞬で沸騰させてもまだあまりあるぐらい。素手で持つなんて正直阿呆の境地と見える。ただ――――
「ァ――――ツゥ!」
 火の耐性が高く、千度でも温く思わせるはずの火蜥蜴の手袋越しでも熱く感じさせるのは一体どういうことでしょうか? 陽光、お前魔力を炉に込めすぎ。少しは自重しろ。私もだけど。特に私もだけど。何より手前だという言の葉を並べることを禁ず。
「またやっているよ、このバカ。てかお前が自重しろ」
「ハッ、技術者の辞書に妥協という文字は大禁戒としか載っていないのさ。そういうわけで出来ない。諦めたんだよ。もう走れるところまで走ることにしたんだよ。だからしない。意識的にしない。理解した?」
「うん、お前はバカだということを上手に理解できた」
 このときついつい金槌を飛ばした私は何も悪くないと胸を張って無罪を主張できる。
「避けるなよ。俺の気がおさまらないだろ……」
 銃身はこの身。銃弾はこの感情。撃鉄を引くは私の右手。引き金を引くのは私の命。さあ、銃弾を込めろ。覚悟を決めろ。その拳に魂を乗せろ。

――行くぞ。器の容量は十分か……?

「ちょっと待てぇぇぇえええ!! それはまずいだろうが!!」
「……確かに。渡すもの渡してもらわないうちに殺すのは何かとまずいな……さぁ、さっさと届け物をよこせ」
「届け物のおかげで助かったのかよ、オレ……これ、注文の月光石な」
「……うむ、確かに受け取った」
「それじゃ支払いは先の方法でー」
「あ、ちょ、待て! 殴らせろ!!」
 自分の感情が表に出てしまったことを後悔する暇なんてない。
 あー、さっき窓から現れた奇人変人変態な男は旅人の知り合いの一人。生物非生物を問わず探し、集め、時に依頼より収集、採集する探索者(シーカー)だ。一応腕はよい。確実に仕事をこなし、依頼人を裏切らないということで一流である。
 実は意外と旅人というのも立派な職業だ。ただそれは一般名で、もっと細かく見ると私もこれに分類される主に魔獣の駆除から何でもする狩人(ハンター)、先ほどの探索者に加え、貴重品などの輸出入、個人的に物品の輸出入をしている運び屋(テイカー)、各国の情報を売買して生計を立てる情報屋(バード)を筆頭に吟遊詩人や吟遊画家なども立派な旅人の職業だ。まあ言ってしまえば旅人というのは何かをしながら旅をする人のこと。だから一応職業である。

 はぁ、殴り損ねた……



 
 
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