第十二話
「殺せなくとも」

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 先々日、あるものをあるべき場所に返却し終わった。
 もちろん預かり利子は付けさせてもらったが、それは当然の義務であって怠るべき行動ではないはずだ。ただ、仕事で統率がとれることなんて滅多にないというのにあのような時だけは無意味かつ無駄に統率がとれているのは部署の頂点として微妙な感覚に襲われる。
 返却しても余る仕事は部下を育てるために押し付け、現在盛大に顔を引きつらせ中。理由はいたって単純で至極当然なもの。陽光が飛竜の卵を持ってきた。本当にこれだけ。それがまずい。いただけない。
 何せ、親である竜を殺しもせず傷つけもせず、ましてや脅しもせずにとってきた。故に現在要綱は親の竜に追われて卵を抱えたまま走り、私も私で巻き込まれてこの身に起こる不運を嘆いている。
 久しぶりに抱いたまともな、社会的に普通の感情がこんな時なんて人としてどうすべきか本当に悩みたいのだが――――

「――GYUAAAAAAA!!」

 悩んだら最後、足元の注意がおろそかになって食われる。それが一般人。
 よく鍛えられた私なら適当に牽制しつつ、彼女のことを放置して逃げ切れるだろう。何せあの竜の目的は卵の奪還であって、決して卵をとった不届き者の抹殺ではないのだから。うん、たぶん。
 あいにく知性のない奴の言葉は私の耳でもわからない。ただ、あの竜が卵を意識しているぐらいしか、耳でわかることはない。
「てか普通に殺してこいよ!! お前本当にバカだろ!? 何、死にたいのか!?」
「だってだってだってぇえ! 可哀そうだよ! あの竜殺したら他の雛が死んじゃうんだよ!! そんなことできないよ!」
「自然界の基本原則は弱肉強食! 弱きが滅び、強きが生きる! 生きたければ力を勝ち取れ! あの竜には今回運がなかったということでやれよ!」
 卵が一抱えもの大きさがあるから戦えないので使えない陽光と共に現在王都から離れている。あんな生物を都に住む戦闘の言葉すら知らない一般庶民に見せたらそれはもう恐慌状態になって事後処理が面倒臭い。
「別に殺さなくても逆らう気力がなくなるぐらい傷めつければいいんだよ!」
「………………あ、そだね」
「テメエ…………とりあえず卵貸せ。テメエが前衛だ」
 陽光より剣の才能がない私後衛。これは基本。まあ彼女なら死ぬことはないだろう。主人公補正か世界の修正力か、そういったわけのわからない力のおかげで。女を前に出すとは軟弱な、なんて言うな。彼女の性能は普通より高いから。少なくとも私より。
「GIAAAaaAAA!!」
「させるか」
 今目の前にいる飛竜というのはゲームで有名な某狩人の世界に出てくる飛竜とよく似ている。アレよりも少し小さめだが、脅威であることには間違いない。もちろん知性が低く、竜ではないといっても一応は竜種であるため抗魔力が高い。つまり魔法が効きにくい。挙句の果てに鱗が鋼のように固い。そうはいっても天災と同列視されている竜よりはるかに劣るが。
「GUGYA!?」
 だからと言って人が彼らに勝つことができないわけではない。彼らが巨大で、こちらが矮小であってもこちらは早さで、致命とまではいかなくともかなりの威力を誇る一撃をすべてよけ切り、弱点を突くことによって勝利を勝ち取っている。
 たとえば今やったように吐息――ブレスを吐こうと開いた口を狙う。いくら強いといっても生物の枠組みを超えられない彼らは当然生物と同じく体内が弱い。特に口の中はブレスに耐えられるような皮膚はあってもそれ以上に耐えられるようにはなっていない。何せ味覚もあるわけだから、どうしても限界というのが低く設定されているらしい。飛竜じゃないから絶対とはいえないが、それでも通説で弱点として広まっている。
 ちなみに私がしたことは無防備に開けてブレスを吐こうとした飛竜の口の中に炸裂弾を撃ち込んだ。もちろんそれは実弾で。できるなら作るのが面倒だからあまり使いたくないが、今はそんなことを言っていられない。それに何より無意味に金がかかる。また性能も魔法で同じことをしたほうが高いのだが、竜種といった腹立たしいまでに抗魔力が高い奴らにはどうしてもこちらのほうが効果的なのだ。背に腹は代えられない。
 せめて爪の一枚や二枚、牙の一つや二つ、肉の塊ぐらいもらわないと(すべて換金するとそれなりの金になる)、割に合わないぞ。飛べる蜥蜴。
「動きを封じろ!」
 喉元にあった火球ごと爆発させられた竜は当然怯み、動作が固まっている。その隙を逃す人は今すぐ普通の生活に戻ったほうがいい。身のためだ。私の号令とともに陽光は竜の脚の腱を切り裂き、私は翼膜を飛べなくなるぐらい破った。脚の腱は鱗のせいで浅くしか切れていない。だが、いくら抗魔力が高くとも自然には弱い。
 牽制と並行して作っておいた液体窒素を傷口にかける。これで再生速度が遅れる。それでも異常だが。全く、割に合わない。
「そこまでやる必要は――――「ある」」
「こいつらの再生能力は半端がないからな。少々のことでは意味がない」
 背後から彼女に迫っていた鋭い棘の生えた尾を撃ち落とす。後衛は全体を見渡す眼をもつのだよ。故にそのような攻撃などやる意味もない。私を信頼する陽光はよけようともしない。
 地に堕ちた飛竜は私は卵を持っているため、専ら私に攻撃をしている。だがその全てを相殺している。ブレスを使おうとすれば炸裂弾もしくは陽光の切り落としによって未然に不発にさせられ、空を飛ぼうにも陽光が作った光の楔のせいで不可能となっている。詰みだな。
「あ、逆鱗見っけ」
「良し――――全力で叩け」
 竜の逆鱗を打つと激怒すると言い伝えられているが、それには少し誤解がある。逆鱗を叩く威力が弱ければそれは怒るが、高ければ怒る前に悶絶する。最悪気絶。逆鱗は、男性の股間と似たようなもので、それはもう潰されるぐらい殴られる、蹴られる、踏み潰されたなら起こるどころの話じゃないだろう。それと同じことだ。どちらにせよ、神経の密集地帯。
「あいあいさー」
 逆鱗の場所は竜によって違う。種類によって似たような場所にはあるものの、細かく見れば違う場所に存在している。とりあえず、叩き潰しやすいように動きを止めるか。
「術式固定――魔弾装填」
 炸裂弾では威力が心もとない。ならば抗魔力を無視できるほどの威力まで上げた魔法を打ち込む。カートリッジを使い、威力を挙げた雷属性の魔法を頭に叩き込んで一時的に麻痺状態にし、鎖で縛って仰け反らせる。
「…………惨めだな」
 せめてイイ声で啼いてくれると私の心情としてはありがたい。
「――ハァア!!」
 それでは、いい悪夢を。私たちに逆らったお前が悪い。

 
 
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